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【関西の議論】変わる戦争遺跡 特攻隊員出撃の鶉野飛行場跡が熱気球の聖地に

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【関西の議論】
変わる戦争遺跡 特攻隊員出撃の鶉野飛行場跡が熱気球の聖地に

 飛行場跡には、造成当時の姿をとどめるコンクリート舗装の滑走路(長さ約1200メートル、幅約45メートル)のほか、停電時の電源確保のための発電機を備えていた巨大な地下防空壕(高さ約5メートル、幅約5メートル、奥行き約15メートル)、地下に弾薬庫を備えた対空機銃座などの遺構が残る。

鶉野飛行場の格納庫前で出撃を待つ特攻隊「白鷺隊」の艦上攻撃機「天山」=昭和20年3月(戦史研究家の上谷昭夫さん提供) 鶉野飛行場の格納庫前で出撃を待つ特攻隊「白鷺隊」の艦上攻撃機「天山」=昭和20年3月(戦史研究家の上谷昭夫さん提供)

 しかし、滑走路以外は入り口が施錠されるなど内部は非公開。ボランティアガイドが案内する形で公開されることはあるものの、見学は2人以上に限られ、2週間前までに予約する必要がある。

 協議会の稲岡幸一郎さんは「『モノ』としての遺産が残っていても『人』がいなければ魅力は伝えられない。ガイドスタッフを増やし、将来的には月1回程度はガイドツアーを行えるようにしたい」と話す。

 その一方で協議会は、これまで戦争遺跡として語られがちだった鶉野飛行場跡に、紫電改の製造にゆかりが深い近代化遺産としての側面や、サイクリングコースとしての活用など、新しい価値を持ち込むことで多くの人を集めることを狙っており、熱気球もその一翼を担っている。

変わる認識

 これまで長く、戦争遺跡は軍隊を連想させる忌まわしい存在だった。昭和56年には大阪城内にあった兵器工場の遺構で、空襲でも焼け残った旧大阪砲兵工廠本館を大阪市が保存運動を押し切って解体した例もあった。

 しかし、平成8年の原爆ドーム(広島市)の世界遺産登録前後から戦争遺跡を含めた近代化遺産に対する関心が盛り上がり、明治から戦前期の戦争遺跡について保存を図る機運が高まるようになった。

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