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【夕焼けエッセー】持つべきものは

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【夕焼けエッセー】
持つべきものは

 あろうことか娘がイスタンブールに嫁いでしまった。遠い異国の地で、ケガや病気といえども即座に駆けつけてやれぬではないかと、当初は途方にくれた。

 ところがまもなく杞(き)憂(ゆう)だったことに気づく。

 日本から夜間飛行で約12時間、夜明けにはトルコに到着する。娘一家は、空港からほど近い閑静な住宅街の小さなマンションで、思いのほか便利に暮らしている。今の私は年に一度、ここを訪問することをとても楽しみにしている。昨年は特別で、娘の出産手伝いと称し3カ月も居候した。

 もちろん娘の婿殿の寛容さを抜きには語れないが、もし嫁ぎ先が日本国内だったら、娘の嫁ぎ先に、母親がこんなに長居するなどありえないだろう。

 出産後、身動きの取れない娘に代わり、焼きたてのパンやマフィンを買いに出る。尖(せん)塔(とう)のモスクのわき道を行けばずいぶん近道になることも覚えた。

 週末のバザールでは、山積みの野菜や果物の色鮮やかなこと。物売りの威勢のよい掛け声の意味も少し理解できて、ちょっと勇気をだせばおまけをくれたりすることもあって、これは何ともおもしろい。“旅行”ではなく“暮らす”という実感だ。

 買って来たものを冷蔵庫に詰め込みながら、ふと思うのである。冷蔵庫の開け閉めができるこの自由さは格別だと。特筆に値すると。主人の実家の冷蔵庫は決して自由に開けられなかった。

 持つべきものは、遠く離れているが故の娘と、娘の持っている冷蔵庫の取っ手である。しみじみほのぼの思うのである。

澤みどり(59) 滋賀県東近江市

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