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【歴史インサイド】京都を救った琵琶湖疏水建設 知られざるプロジェクトリーダー

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【歴史インサイド】
京都を救った琵琶湖疏水建設 知られざるプロジェクトリーダー

 この琵琶湖疏水プロジェクトの主任技師に選ばれたのが朔郎だが、田邉さんは、抜擢した北垣がプロジェクトリーダーとして、もっと評価されるべきだと感じているという。

伊藤博文からの要請

 北垣は、但馬の庄屋の家に生まれた地侍(じざむらい)だった。田邉さんによると、秀吉の時代には武士だったのに、徳川によって農民に格下げされた。

 幕末には勤皇の志士として、生野銀山で公家をもり立てて倒幕に動いたものの失敗に終わる「生野の変」を首謀した。その後、長州藩の奇兵隊に身を寄せたが、その際もめざましい活躍。このときに薩長の人脈を築き上げたという。

 明治新政府では、北垣は北海道開拓使や徳島、高知の県令(県知事)など地方の要職に就いた。

琵琶湖疏水事業の「真の立役者」北垣国道(京都市上下水道局提供) 琵琶湖疏水事業の「真の立役者」北垣国道(京都市上下水道局提供)

 明治という新しい時代の幕開けとは裏腹に、「都」が東京に移った京都は衰退した。そんな中、北垣は時の宰相、伊藤博文から京都府知事就任の話を持ちかけられた。北垣は「天朝(天皇陛下)のおわしました京都の知事は自分には務まらない」と一度は固辞したが、明治14年、45歳のときに第3代府知事に就任した。

榎本武揚の提案

 北垣が着目したのはインフラ整備だった。京都にとって、琵琶湖の水を引くというのは昔からの夢。その実現に向け、北垣は巨額費用の確保と技術的な問題の解決に奔走した。

 「北垣は地縁・血縁の人脈をフルに活用して仕事をする人だった」と田邉さん。北垣は前任地の高知県から優秀な測量士を招聘。かつて築いた薩長人脈を駆使し、日本三大疏水の一つ「安積(あさか)疏水」(福島県郡山市)を完成させた内務省の技師、南一郎平(みなみ・いちろべい)を招いた。

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