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【夕焼けエッセー】祖母の梅干し

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【夕焼けエッセー】
祖母の梅干し

 私の祖母は毎年、梅雨の季節が近づくと、待ちわびていたように青梅を漬けていた。梅雨の長雨で、裏庭のあじさいが白くけぶる縁側で、祖母は膝(ひざ)をつき、青梅を一粒一粒、丹念に手ぬぐいでふいた。その青梅はやがて瓶詰めされ、梅酢で浸った実はシソで赤紫色に染まり、わが家の梅干しになっていくのだった。

 私は子どもの頃から毎朝、祖母の手づくりの梅干しを食べて育った。ある日、「梅には毛がないから、朝に食べると、縁起がええねん」と祖母が言った。

 「エンギって、何?なんで朝に食べるとええのん?」。なんでも知りたがる子どもの私に祖母はこう答えた。「縁起は、ご先祖様からのお守りみたいなモンや。--朝に1粒の梅干しを食べたら、その日1日、ケガなくすごせるんやで」

 結婚後、私は祖母から作り方を伝授されることになった。いざ自分で作るとなると、カビが生えたり、固くてどす黒い粒になったり、とても口にはできない珍妙なシロモノになった。それをごく楽しそうに、毎年のルーチンワークとしていた祖母はすごい人だったんだな、と改めて思った。

 試行錯誤をくり返し、なんとか祖母の味に近づいた頃だった。まもなく祖母は入院し、私は見舞いに行った。「ケガなくすごせる」と言った祖母が、一日でも早く退院できるようにと願って、私は自分で漬けた梅干しを持って行った。祖母の味に比べ、あまり上手でなかったと思うが、祖母は箸(はし)でつぶしながら食べてくれた。「ワテ(私)の代わりに漬けてくれたんやな。ええ塩梅(あんばい)や」「人の暮らしも、梅干しも、そうやで。毎年、漬けてたら、だんだん、ええ塩梅になるんやで」

 祖母はにっこりと言った。

 まもなく祖母は亡くなり、生前、作り置きしていた梅干しも底をついた。梅雨のしとしと降る雨の日が近づくと、私は祖母のことを思い、静かに青梅を漬ける。

河畑 富美子(44) 主婦 大阪府岸和田市

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