産経WEST

【関西の議論】中国産「漆」に待った 日本の宝は国産で守る…発祥の地、奈良・曽爾(そに)村の挑戦

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【関西の議論】
中国産「漆」に待った 日本の宝は国産で守る…発祥の地、奈良・曽爾(そに)村の挑戦

不安定な足場の上で行われる漆の採取作業=昨年9月、奈良県曽爾村(漆ぬるべ会提供) 不安定な足場の上で行われる漆の採取作業=昨年9月、奈良県曽爾村(漆ぬるべ会提供)

 鎌倉初期までに成立した辞典「伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)」には、漆部造設置にいたる漆塗りの起源が、こんな伝承で紹介されている。

 《倭武皇子(ヤマトタケルノミコ)が山で狩りをしていたとき、獲物に矢を射たがとどめを刺すことができなかった。それならばと、漆の木を折って木汁を矢先に塗り込めて再び射ると、見事仕留めることができた。手が黒く染まっていることに気付いた皇子が持っていた品物に木汁を塗ると、黒い光沢を放って美しく染まった》

 曽爾村は他にもさまざまな時代の文献で「漆部郷」の名で登場するが、時代とともに漆塗りの文化は廃れ、いつしか職人もゼロに。戦後はスギやヒノキの植樹のために大量の漆が伐採され、村には「ぬるべの郷」という名前だけが残った。

地方創生の起爆剤

 そうした中、「漆部郷の誇りを取り戻そう」と立ち上がったのが、村の塩井地区(約50世帯)の住民だ。深刻な過疎化を前に、漆という歴史資源を地方創生の起爆剤にしたいとの思いからだった。

 平成17年には地区有志で「漆ぬるべ会」を創設。県外の漆専門家の指導を仰ぎながら、地区にかろうじて残っていた11本の原木の根を分ける方法で、植樹を始めた。

 だが、土が合わなかったり、シカに食べられたりとなかなかうまく育たない。「漆はかぶれる」と嫌われ、住民の理解を得ることも簡単ではなかった。

続きを読む

このニュースの写真

  • 中国産「漆」に待った 日本の宝は国産で守る…発祥の地、奈良・曽爾(そに)村の挑戦
  • 中国産「漆」に待った 日本の宝は国産で守る…発祥の地、奈良・曽爾(そに)村の挑戦

「産経WEST」のランキング