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【夕焼けエッセー】百七歳のおばあちゃん

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【夕焼けエッセー】
百七歳のおばあちゃん

 澄みきった空気の4月の朝。7年勤めてきた施設内にお琴の音色が響きわたった。私が勤めていた老人ホームは約100名のお年寄りが暮らしている。百七歳のEさんも、その一人だった。

 Eさんとの出会いは約3年前。最初は、車椅子にちょこんと座っている大人しい方という印象を受けた。だが、日々介護士として深く関わるうちに、Eさんの豊かな表情や温かい優しさに触れ、私はEさんが大好きになった。甘い物好きでケーキを食べてもらうと、「おいしい~」と生クリームを口の周りにつけ、幸せそうに微笑(ほほえ)んだ。私の顔にある黒子(ほくろ)を気にして「痛いの?」と心配そうに聞いてくれたこともある。夜間巡視中に人影を発見すると、それは必ずEさんだった。畳に敷いた布団から起き手足を上手に使いフロアへ出てくる。職員の驚く顔を見て「えへへ」と悪戯(いたずら)っ子のように微笑む表情を今も忘れられない。

 そんなEさんとの最後の夜、Eさんの布団にそっと入り少しだけ添い寝をした。Eさんの背中を包み込み「ありがとう」と伝えた。Eさんの首筋はミルクのようなやさしい香りだ。

 私が退職して数日後、Eさんは旅立った。知らせを聞いたとき、涙と一緒に感謝の思いが溢(あふ)れた。Eさんは最後まで皆に愛されていた。

 退職して約一カ月後のある日。花見行事に私も参加しお琴を演奏した。きっと、Eさんも見守ってくれている。震える指をおさえ、澄みきった空を見上げた。

加藤麻衣(29)大阪府藤井寺市

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