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【関西の議論】大阪の篤志家2億7千万円投じ郷土・三重の寺復興、7代前の先祖も用水築く

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【関西の議論】
大阪の篤志家2億7千万円投じ郷土・三重の寺復興、7代前の先祖も用水築く

再建工事に入る前の仁王門。解体に伴う調査で宝永3(1706)年に完成したことが判明した=三重県多気町丹生の丹生山神宮寺 再建工事に入る前の仁王門。解体に伴う調査で宝永3(1706)年に完成したことが判明した=三重県多気町丹生の丹生山神宮寺

 ■「彦左衛門のDNAのなせる技」

 神宮寺は、今回の再建について、文化財保護ありきではないと考えている。寺の関係者は「丹生の玄関、シンボルとして、地域の皆さんがこれから何百年も見上げることができるよう、自分たちの手で仁王門を修復したいという思いを、神宮寺として大事にしたい」と話す。

 神宮寺では仁王門のほか、本堂、大師堂、護摩堂、客殿が町文化財に指定され、研究者や行政の文化財担当者らは解体で得られた知見を基に、文化的価値の見直しを始めている。

 地元の丹生大師奉賛会会長、川原平生(ひらお)さん(71)は「先祖がまつられている寺社の復興は地元の悲願だが、300軒ほどに減った小さな集落ではできない。私財をなげうってこられた西村さんの篤行は、彦左衛門のDNAがなせる技としか思えない。子孫たちも末永く恩恵を享受できることがうれしい」などと話している。

     (川西健士郎)

【用語解説】丹生山神宮寺 「丹生大師」の通称で親しまれる。正式名称は「女人高野(にょにんこうや)丹生山神宮寺成就院」。縁起によると、空海の師匠、勤操(ごんそう)大徳によって開山され、弘仁4(813)年に伊勢神宮参拝途中の空海が七堂伽藍(しちどうがらん)を整備した。近くにある水銀鉱床は縄文時代から採掘され、中世には全国から商人や鉱夫が集まり、「丹生千軒」と呼ばれる繁栄をみせたとされる。現在残る神宮寺の伽藍の多くは、江戸時代前~中期に建造され、隆盛の名残を伝えている。

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