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【関西の議論】大阪の篤志家2億7千万円投じ郷土・三重の寺復興、7代前の先祖も用水築く

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【関西の議論】
大阪の篤志家2億7千万円投じ郷土・三重の寺復興、7代前の先祖も用水築く

再建工事に入る前の仁王門。解体に伴う調査で宝永3(1706)年に完成したことが判明した=三重県多気町丹生の丹生山神宮寺 再建工事に入る前の仁王門。解体に伴う調査で宝永3(1706)年に完成したことが判明した=三重県多気町丹生の丹生山神宮寺

 文化5(1808)年、彦左衛門は、出稼ぎなどで生計を立てる農民を救うには新田開発より他に方法がないと、農業用水の新設を立案。私財を投じるとともに当時、丹生を治めていた紀州藩への嘆願で協力を得て、文政6(1823)年に完成した。用水路は、櫛田(くしだ)川に造られた井堰(いせき)から延長30キロに及び、現在も436ヘクタールの受益面積があるという。

 西村さんは十数年前、彦左衛門も暮らした自身の生家の整備などを始めた。その後もたびたび故郷に足を運び、寺社や墓の修復などに出資。幼少の頃から見上げて育った仁王門への出資については、「瓦屋根が落ちるなど老朽化が激しい。彦左衛門さんと同じように、丹生が栄えるきっかけになればうれしい」と語る。仁王門は多くの部材が取り替えられ、修復後の仁王像2体と多聞天、持国天を門内に戻し、来年10月に落慶法要が行われる予定だ。

 仁王門を含め、これまでに西村さんが投じた私財は10億円ほどに上っているという。

 ■調査で造営状況も明らかに

 仁王門はこれまで、擬宝珠(ぎぼし)に刻まれた年号から享保(きょうほう)2(1717)年建立とされてきた。しかし、解体に伴う調査で、屋根の骨組みを構成する棟束(むなづか)から多数の墨書が発見。元禄4(1691)年に建立が発願され、宝永3(1706)年に完成したことが判明した。

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