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【夕焼けエッセー】ひょっとしたら見える世界

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【夕焼けエッセー】
ひょっとしたら見える世界

 信号が赤に変わった。自転車のブレーキをかけて、止まる。

 「………」

 代わり映えのない高校の通学路の景色には、もうとっくに慣れていた。毎日毎日、少しひんやりとした朝独特の空気が肌を刺す中、自転車のサドルにまたがり、ペダルをこぎ、そして片道40分ほどの道のりを爽快に走っていく。四季折々の表情を見せるとはいえ、流石(さすが)に毎日-しかも、今年高校3年生を迎えた今となっては尚更(なおさら)だ。

 と、そんな通学路にもまた春が訪れた。僕は結構この季節が好きだったりする。柔らかな春の匂いと陽射しに包まれ、それによって草花が芽吹き、またそれによって肩の力を抜いた人々が路地を往来したりと-。

 でも、だからといって景色そのものが変わるはずもない。当たり前だが、その事実が僕の胸に、どうも虚(むな)しさを与えてくるのだ。最近は勉強の不安で苛(いら)立(だ)ちを覚えることも多い気がする。そのことも相まって、こうして学校前の赤信号で待っているだけでも、『早く青になれ』と心が先を急(せ)かしてくる。

 ふと、空を見上げたときだった。会社らしき建物のガレージの壁面-その上方の陰に、ツバメの巣を見つけた。ちょうど母親らしき親鳥が帰ってきて、巣で首を長くして待っている数羽の雛(ひな)鳥に餌を与えていたのだ。また、もう一羽の親鳥がその巣に近い電線の上で羽を休め、一声鳴いた。これはお父さんかな、と思った。

 「………っ」

 ああ、そうか。春はそこにもあったんだな。

 じゃあ明日からは、もう少しだけゆっくり走ってみようかな。

 信号が、青に変わった。

松井勇輔(18)高校生 堺市堺区

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