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【夕焼けエッセー】65年目の断捨離

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【夕焼けエッセー】
65年目の断捨離

 先日、押し入れの天袋から、古びた段ボール箱が見つかった。不審に思いながら、開けてみると、古びたノートが無造作に閉じ込められていた。

 八十路も半ばになって、突然現れた学生時代の思い出が、まるでタイムカプセルを開けたかのように目の前に飛び込んできた。化学の実験装置や、さまざまな図式などが、かろうじて読み取れる。

 当時はパソコンはおろか、カセットテープやコピーなども無く、いわゆるアナログ世代の講義といえば、ただひたすら書き留めるという、今時の学生には信じがたい時代を過ごした。

 その後、薬剤師として就職したものの、当時の医療情勢は、まだ混沌(こんとん)としていて、医薬品の識別ですら、ままならない有様(ありさま)だった。

 現在の錠剤には記号やミリ数などが刻印されていて、飲み間違いに対する配慮や、服用しやすいよう、創意工夫がなされているが、入社した当初の医薬品といえば、ほとんどが無印で他剤との区別すら難しかった。

 そこで地域の医療機関などに、情報を提供する部門を設けることになり、当時すでに活動されていた大学病院の薬品情報室で、1年間にわたって、研修を受けたあと、独自で資料の収集・備蓄に、孤軍奮闘をしながらも、念願のDIセンター(ドラッグ・インフォメーション)を立ち上げることができ、電話による質疑応答に多忙を極めた。

 その後、めまぐるしく移り変わる医療情勢に寄り添いながら、定年まで勤めあげることができたのも、これらの古びたノートが私の原点だったんだと、あらためて感謝の気持ちを込めて断捨離した。

坂本 映子(86) 大阪市生野区

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