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【関西の議論】始まりは一本の電話…「過労死110番」30周年 遺族「これからも駆け込み寺に」

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【関西の議論】
始まりは一本の電話…「過労死110番」30周年 遺族「これからも駆け込み寺に」

米紙が「karoshi」と掲載

 110番での相談で勧められたこともあり、平岡さんは同年7月、労働基準監督署に労働災害を申請。悟さんの勤務実態を理解してもらうために、子供2人と手書きで作成したグラフも提出した。こうした活動は反響を呼び、同年11月、米紙シカゴ・トリビューンが「karoshi」の言葉とともに、悟さんのことを報じた。

 労基署は翌年5月、悟さんについて労災認定した。過労死110番が関係した事案の初めての労災認定でもあった。「やっと夫も休める」。胸のつかえが取れたように感じたが、会社は「本人が自発的に働いた。会社が指示したのではない」と責任を認めなかった。

 こうした会社の姿勢に、平岡さんは企業の責任を追及する民事訴訟に踏み切ることを決意。平成2年5月に大阪地裁に提訴した。

 その甲斐あってか、裁判では、労務部長が「青天井の三六協定を労働組合と結んでいた」と証言するなど、長時間労働や休日労働が常態化していた実態が明らかになった。そして6年11月、和解が成立した。和解にあたり会社の謝罪は勝ち取ったが、「最後まで労働組合や職場の人の協力がなく、職場が見えてこなかった」と悔しさも味わった。

「話せない気持ち分かってもらえる」

 「開設当時、過労死という言葉は定着していなかったが、(過労死110番の)反響は大きく、全国に呼び掛けた」

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