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【夕焼けエッセー】弟との別れ

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【夕焼けエッセー】
弟との別れ

 「ピン、ポ~ン」インターフォンが鳴った。「弟だ。ああ留守にしなくて良かった」。いつも突然訪ねてくる弟。1カ月前のこと「今から行くけどいてる?」と電話があった。珍しく何か用事でもあるのかなと思いつつ待った。

 弟は車で1時間ほどかけてやって来る。座席の足元はいつも泥だらけで、農作業をしていたのが一目でわかる。「ご苦労さんやね」と労いの言葉をかける。ビニール袋には、少しの野菜と、「これもらった焼酎やけど、上等そうなんで自分が呑むのももったいないから」と主人にくれた。片方の手には、庭に咲いてたと一握りの水仙を「きれいやろ」と私に差し出した。そんなやさしい心遣いがうれしかった。

 公務員を退職後、義父の亡き後の田畑の世話など、今まで全く経験がなかったが弟なりに一生懸命頑張っていた。小さい頃から体が細く、あまり丈夫な体ではなかった。また、幼くして一人娘を亡くし、辛い、悲しい経験をしている弟を、私はいつも母親のような思いで気にかけていた。家に上がると主人と3人の会話の最後は、いつも子供がいない故の、これからの田畑の世話や老後のこと。そのたびに共感したり、励ましたりだった。

 帰り際「気をつけて、またおいで」と見送る私に軽く手を上げて帰っていった。それが弟との永遠の別れになった。4日後、風呂場で倒れ、突然逝ってしまった。あの日、最後の別れに会いに来たのだろうか。天寿を全うしたというには早過ぎた。飾らず、欲せず、争わず、優しかった弟。命の儚(はかな)さに哀惜のため息をつきながら涙が頬を伝う。そしてある日突然「いてる?」と訪ねてくる気がして。

浅井美都子(74) 主婦 大阪市平野区

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