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【ボストンから一言(6)】反日政権くぐり抜け日韓基本条約で時の人に 東京帝国大卒の韓国の秀才

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【ボストンから一言(6)】
反日政権くぐり抜け日韓基本条約で時の人に 東京帝国大卒の韓国の秀才

日本統治時代に出された阿部信行首相による判事任命状(新田多美子撮影) 日本統治時代に出された阿部信行首相による判事任命状(新田多美子撮影)

▼(5)朝鮮には用心せよ、日本は起き上がる…逃げねば北朝鮮に連れ去られていた女学生…から続く

 米ボストンには韓国出身の友人が何人かいる。その1人のSさんから聞く両親や親戚(しんせき)の話は、実に興味深い。母親は、1910(明治43)年に第二代統監の寺内正毅と日韓併合条約を結んだ大韓帝国内閣総理大臣の李完用(イ・ワンヨン)直系の孫で、父親の人生も日韓の歴史に深く関わっている。

 母親の古い戸籍謄本には、朝鮮貴族とあり、6歳で日本に渡り、戦前の女子学習院に馬車で通学したという。

 ちなみに李完用は日韓併合条約を結んだことなどから、韓国と北朝鮮では“売国奴”として、今でも増悪の的になっている。

 ■反日政権下では一介の弁護士に

 「戦後、墓も破壊され、70数年経た今日でも、李家の血筋を引く人で、政府関係の職に就いている人は誰もいません。このことからしても根強い恨みの深さが分かるでしょう」

 私にSさんはこう語った。Sさんの父親、韓氏は1914年生まれで旧制武蔵高等学校に留学。東京帝国大学法学部(現東大法学部)の3年生で、高等文官司法試験に一番の成績で合格したという。

 朝鮮人への差別があった時代、朝鮮人留学生たちは、勉学に励み日本人学生よりも優秀な成績を修めることで、民族の誇りを無言で示したそうだ。

 韓氏は、25歳で釜山と京城(現ソウル)の裁判所で判事を務めるほどの秀才だった。

 第二次大戦後、李承晩(イ・スンマン)大統領に頼まれ閣僚となった親友3人も同じ帝大法学部卒。韓氏は、政府で働くことを強く勧められた。

 しかし、国民に日本語を使うことすら禁止した過激な反日思想の李承晩の下、李完用の孫娘を妻に持つ身では、遅かれ早かれ何らかの問題が生じるであろうことは火を見るよりも明らか。

 韓氏は、一介の弁護士としての道を選んだ。

サムライ日本人そのもの…拘留されても祖国・韓国のため尽力、莫大な利益を…

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