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【千田嘉博のお城探偵】CASE3 名古屋城石垣の銘文 清正と家臣の物語刻む

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【千田嘉博のお城探偵】
CASE3 名古屋城石垣の銘文 清正と家臣の物語刻む

南西から見た名古屋城大天守台石垣(いずれも筆者撮影) 南西から見た名古屋城大天守台石垣(いずれも筆者撮影)

 ■石垣が語る歴史

 名古屋城の築城は先に述べたように、多くの大名が工事を分担した。突貫工事の現場で、石切場から運んできた石材が紛(まぎ)れて争いにならないように、各大名は石に目印のマークを刻んだ。それを「刻印」と呼ぶ。まれに工事を分担した大名の名を刻んだものがあったが、大部分は○や△を組み合わせた単純な図柄であった。

 ところが清正が分担した大小天守石垣の隅石には、たとえば「加藤肥後守内 小代(しょうたい)下総」「加藤肥後守内 新森八左衛門」のように、清正と工事を分担した家臣の名を堂々と刻んでいた。清正のもとでともに大小天守台石垣を積み上げた家臣の名を、なんと一緒に刻ませたのである。

 豊臣と徳川との戦いとなれば、豊臣に味方するのではないかと疑われる状況で、徳川の城の天守台石垣に堂々と名を刻んだ清正の豪胆さ。そして家臣の労苦に報いるために家臣の名を石に残した清正の細やかな心情。この石垣を見て、加藤家の武士たちは清正のために身命をかけようと誓ったのではないか。城の石垣はただ石を積んだのではなく、そこに歴史があり、武将と人びとの物語がある。名古屋城を訪ねて大小天守台石垣を実見して、大きく刻んだ銘文から、清正と家臣の思いを体感してほしい。

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