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【石野伸子の読み直し浪花女】「めし」で読み解く林芙美子(7)浮雲、あはれ人妻、茶色の眼で夫から…女房の孤独いち早く注目した慧眼

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【石野伸子の読み直し浪花女】
「めし」で読み解く林芙美子(7)浮雲、あはれ人妻、茶色の眼で夫から…女房の孤独いち早く注目した慧眼

性格温厚な手塚緑敏との結婚で芙美子は長い放浪生活から脱した。女房孤独に陥ったか。昭和5年ごろ(新宿歴史博物館蔵) 性格温厚な手塚緑敏との結婚で芙美子は長い放浪生活から脱した。女房孤独に陥ったか。昭和5年ごろ(新宿歴史博物館蔵)

 「放浪記」でデビューした林芙美子は、欧州旅行や従軍作家など多彩な体験をへて自伝的作風から脱皮し、庶民の女の哀愁を書き分ける流行作家に成長した。戦後、社会が徐々に安定してくる中で、芙美子が目を向けたのが「妻の孤独」だ。

 自らの手で自らの道を切り開いてきた芙美子は、「晩菊」「水仙」「下町」(いずれも昭和24=1949=年)などの作品で、男に頼らず一人で生きる女性を主人公に据え、背筋を伸ばして生きる女の哀歓を情緒豊かに描き、高い評価を得た。その集大成ともいえるのが長編「浮雲」だろう。

 昭和24年11月から26年4月まで、「風雪」「文学界」と書き継がれ、晩年の代表作となった長編だ。昭和30年に成瀬巳喜男監督、高峰秀子主演で映画化され、広く知られるようになった。

 主人公は仏印から引き揚げてきたタイピストのゆき子。かの地で関係のできた元農林技官・富岡との腐れ縁が断ち切れず、戦後無気力になった男に疎まれ裏切られてもなお追いすがり、屋久島で孤独のうちに死んでいく。「神は近くにありながら、その神を手探りでいる。私自身の生きのもどかしさを描きたかった」と芙美子はあとがきで書いている。

 男にも時代にも自分の運命にも翻弄されるゆき子はまさにドラマチックな女だが、芙美子は一方で、「茶色の眼」「第二の結婚」「あはれ人妻」などで平凡なサラリーマン家庭の女性を相次いで描いている。

 「あはれ人妻」の主人公は丸の内で働くタイピスト。同僚であるシベリア帰りの復員兵と恋愛結婚するが、結婚後、家庭に入ってからは人が変わったようにうつうつとして暮らす。夫が大阪に転勤になり、慣れぬ土地でますます活気をなくす。まさに絶筆となった「めし」の世界だ。

 「私は、一人で家にいると、ずんずん貴方においてきぼりくっているみたいだわ」「このままでは、私は、この家のなかに膠みたいにくっつて、私はただの女中みたいな、存在に落ちぶれて行くと思うのよ…」

 「妻の孤独」の影が濃い。

 また、「茶色の眼」では、夫も妻と同様に家庭内で息苦しさを感じている。夫婦は郊外で恵まれた生活を送っているが子供もおらず倦怠(けんたい)期なのだ。夫は、戦争未亡人で生き生きと働く同僚のタイピスト(ここでもタイピスト! 当時の職業婦人の代名詞か)に心を引かれ関係をもつが、結局は彼女の方から縁を切られる運命だ。ここでの妻はまったく魅力のない、「あはれ」な存在だ。

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