産経WEST

【関西の議論】「矢張りどうしても行きたくない」ノーベル賞の湯川博士、日記に残した“栄転”拒否の秘めた心情

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【関西の議論】
「矢張りどうしても行きたくない」ノーベル賞の湯川博士、日記に残した“栄転”拒否の秘めた心情

1949年11月、米コロンビア大学で撮影に応じた湯川秀樹博士(湯川家提供) 1949年11月、米コロンビア大学で撮影に応じた湯川秀樹博士(湯川家提供)

 そして、「美しい自然の恵みの中に生活し得る私は、日本の再建に対して-他の大都会にいる科学者に比して幾層倍も大きな-責任を感ずる」としている。

 小沼氏は「湯川先生は、東大の講義に出かけてみて東大と京大の物理の取り組みの違いに気が付いた。東大では伝統的分野が主流で、新しく発展した分野が重視されていないと感じたのではないか」と話した。

 博士は、『京の山』で「私の父も母も祖父母も同じ山々を見つつ、生きかつ死んでいった」と記載した。日本を代表する世界的科学者のよりどころは、京都だったのだろう。

▼【関連ニュース】教育現場、動物飼育も崩壊…教師も知識なく「ニワトリの卵、食べれるんですか」

このニュースの写真

  • 「矢張りどうしても行きたくない」ノーベル賞の湯川博士、日記に残した“栄転”拒否の秘めた心情
  • 「矢張りどうしても行きたくない」ノーベル賞の湯川博士、日記に残した“栄転”拒否の秘めた心情

関連トピックス

「産経WEST」のランキング