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【阪神大震災23年】「命に復興はない」松田浩さん、妻と子の生きた証伝える

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【阪神大震災23年】
「命に復興はない」松田浩さん、妻と子の生きた証伝える

阪神大震災後に自宅跡で遺骨を拾い集める松田浩さん(左)=神戸市長田区(本人提供) 阪神大震災後に自宅跡で遺骨を拾い集める松田浩さん(左)=神戸市長田区(本人提供)

 「もう誰も、同じような悲しい目に遭いませんように」-。阪神大震災で最愛の妻と生後間もない長女を失った神戸市の会社員、松田浩さん。家族を救えなかった後悔は今も消えることはない。それでも、風化を防ごうと自らの体験を少しずつ人に話せるようになってきた。17日で震災から23年。松田さんは「2人が生きた証しを伝えたい」と、今を生きる。(有年由貴子)

 震災で、自宅だった同市長田区の木造長屋の下敷きになった。身動きが取れず隣の部屋で寝ていた妻、弘美さん=当時(28)=と生後6カ月の長女、奈緒美ちゃんの名前を何度も呼んだが返事はない。約2時間後に自身が近所の人に助け出された直後、家は妻子もろとも猛火に包まれた。

 焼け野原となった自宅跡で遺骨を拾った。「この下に埋まっています」。踏み荒らされないよう2人の名を書いた紙を地面に張り付け、粉ミルクの空き缶いっぱいに菊の花を手向けた。

 ぐいっと上半身を起こし、ほほえみかける奈緒美ちゃんの愛らしい姿。それを見つめる弘美さんの優しい笑顔。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた。「なぜ助けてやれなかったのか」。自分を責め、「これは夢だ」と毎晩言い聞かせて眠った。同情されるのがつらく、仕事を辞めて仮設住宅に引きこもった。

 毎年、追悼集会が開かれる東遊園地(同市中央区)には近づくことすらできず、2人の名前が刻まれた「慰霊と復興のモニュメント」に手を合わせることができたのは、震災から16年後だった。体験を人に話せるようになったのもこの頃からだ。知人に誘われて毎年1月16日夜、東遊園地で開かれる遺族らの交流会に参加し始めた。言葉にならない悲しみを背負う人々の姿に、「自分のような人がほかにもいることを知った」。

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