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【ミナミ 語り場】ミナミはこんな色やねん-イラストレーター・黒田征太郎さん「人も街も独特の匂い。面白さのバロメーター」 

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【ミナミ 語り場】
ミナミはこんな色やねん-イラストレーター・黒田征太郎さん「人も街も独特の匂い。面白さのバロメーター」 

色も長さもさまざまなクレヨンをミナミの街にたとえる黒田征太郎さん=大阪・ミナミのアメリカ村(岡本義彦撮影) 色も長さもさまざまなクレヨンをミナミの街にたとえる黒田征太郎さん=大阪・ミナミのアメリカ村(岡本義彦撮影)

 「僕にとっては大阪といえばミナミ。道頓堀川を見るとほっとします」。イラストレーターの黒田征太郎さん(78)が語る言葉には、この街への深い思いがある。

 ミナミのど真ん中の道頓堀で生まれ、5歳まで暮らした。「僕の原風景は道頓堀川に映り込む赤や青のネオンサイン。それに、夕暮れ時に橋の下からコウモリが西日に照らされて出てきたことや、祖母に背負われて芝居小屋の看板を指の間から怖々と見ていたこと」。それらの光景は鮮明に覚えており、「聴覚ではなく視覚に反応する子供だったから、この仕事に就いたのかな…」と自答する。

 戦争による引っ越しや疎開で大阪を離れ、16歳でアメリカ船の乗組員になったが、喧嘩ばかりして船を降りることになったとき、頭に浮かんだのは生まれ故郷。吸い寄せられるようにミナミへ向かった。

 職を転々とした漂流時代を経てイラストレーターに。活動拠点を東京やニューヨーク、上海などに置いたときも、北九州市で暮らす今でも、ミナミは「帰ってくる」場所だと断言する。

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 大阪の若者文化をリードしてきたアメリカ村との縁も深い。

 ここを歩けば必ず目に入るのが、翼を広げて羽ばたこうとする鳥人の壁画「PEACE ON EARTH」。昭和58年に描かれ、実は1年で消すはずだったという。ところが新聞などで取り上げられて評判となり、そのまま残ることに。不本意な黒田さんは「数年間は嫌で壁画の前を通るのを避けていた」と打ち明けるが、今や壁画のないアメリカ村の光景は想像できないほど街に溶け込んでいる。

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