産経WEST

【夕焼けエッセー】「じゃっど」

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【夕焼けエッセー】
「じゃっど」

 長い間独り暮らしだった鹿児島の祖母が亡くなりました。九十二歳でした。近くに住む叔父によると、前日まで元気で夜にひっそり息を引き取ったそうです。

 私が子供の頃、毎年夏休みに、仕事がある父を残して母、弟と三人で帰省していました。大阪から寝台車にゴトゴト揺られて行ったあの日々は、今でも私の宝物です。五右衛門風呂を焚く時のコツ、なぜか決まった道を通勤するオニヤンマ、いつも便所の壁からじっと私を見下ろすアシダカグモ、そして母がだんだん鹿児島弁に戻っていくこと。また、祖母がよく口にしていた「じゃっど」(そうだよ)という方言は私の大のお気に入りでした。

 成人してからは帰る機会も減り、長い年月が過ぎてしまいました。私は着物の仕立屋になり、二年前、卒寿を迎える祖母に綿入りの半天を作ってあげました。しかも私自身が着ていた大島紬の着物を解いてのお下がりの半天でしたが、電話の向こうの祖母の声は、とても嬉しそうでした。

 祖母が亡くなった翌日、私は早朝の新大阪から新幹線に飛び乗りました。なんとか間に合ったお葬式の会場を見上げた、その時でした。私の半天を着て、満面の笑みを浮かべた祖母の遺影があったのです。そして喪主の叔父が、「昭子が着せてあげなさい」とそっと半天を手渡してくれました。

 「ばあちゃん、私今の仕事、幸せかも」

 棺の中の祖母の口が、「じゃっど」と言っているようでした。

 森下 昭子(46) 大阪市中央区

「産経WEST」のランキング