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【阪神大震災23年 歩いた先に(3)】子供たちに恩返しを 生きる喜び、与える番 保育士・長谷場みちるさん

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【阪神大震災23年 歩いた先に(3)】
子供たちに恩返しを 生きる喜び、与える番 保育士・長谷場みちるさん

母の享子さんと今までの思い出を振り返る長谷場みちるさん(左)=兵庫県西宮市 母の享子さんと今までの思い出を振り返る長谷場みちるさん(左)=兵庫県西宮市

 「私が生きているのは、震災で命を失った人たちからの『生きろ』というメッセージだと思います」。兵庫県西宮市の保育士、長谷場みちるさん(23)は、産声を上げてわずか1週間後、阪神大震災で瀕死(ひんし)の状態になった。偶然居合わせた看護師の蘇生で息を吹き返したが、2年後には父親を白血病で失った。家族や友人、学校の恩師らのおかげで苦労を乗り越えてきた23年。「今度は私が恩返しする」と、保育士として子供たちに愛情を注ぐ。(中井芳野)

生後7日で被災、蘇生で一命 

 平成7年1月17日早朝、西宮市内の自宅マンションで授乳を終え、再び眠りにつこうとした母の享子(きょうこ)さん(56)は、突然の地鳴りに飛び起きた。続く激しい縦揺れで周囲の家具は倒れ、ガラスの割れる音に耳をふさいだ。われに返り、幼いみちるさんが寝るベビーベッドに手を伸ばすと、タンスや鏡台の下敷きになっていた。暗闇の中、手探りで小さな左足をつかみ引っ張り出したが、人形のようにぐったりして息があるのかどうかも分からない。

 毛布でくるみ、ガラスの破片が飛び散る階段を駆け降りた。「もうダメかもしれない」。諦めかけたとき、同じマンションに住む看護師と偶然出会った。その場で心臓マッサージや人工呼吸を繰り返し、ようやく泣き声を上げた。

 発生から2カ月後、さらなる悲しみが家族を襲った。会計士として家族を支えてきた父の勝さんが白血病に。2年間の闘病の末、36歳の若さで亡くなった。

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