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【平昌五輪~フィギュアのDNA(中)】「種」受け継いだ関大 トップ選手輩出続く 高水準アリーナ、裏方の努力も

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【平昌五輪~フィギュアのDNA(中)】
「種」受け継いだ関大 トップ選手輩出続く 高水準アリーナ、裏方の努力も

関西大学が輩出した近年の五輪出場選手 関西大学が輩出した近年の五輪出場選手

 1年のうち、アリーナが休館となるのは、元日と大みそかぐらい。残りは、誰かが練習する。数々のトップ選手の成長の陰には、御崎ら裏方の存在も無視できない。「この環境は当たり前ではない。感謝の気持ちを忘れないように」。関大のコーチ陣は日頃から選手にこう伝えているという。

 理事長が建設へ奔走

 今ではトップ選手らの聖地として知られるこのアリーナ誕生にも紆余(うよ)曲折があった。「15人いた理事のうち私以外の全員がリンクの新設に反対していた」。平成17年にリンク建設を提案した当時の関大理事長、森本靖一郎(85)はそう振り返る。

 社会の趨勢(すうせい)は明らかだった。13年には大阪球場のリンクが、16年11月には高橋、織田らが練習拠点としていた高槻市内のリンクが経営難などで閉鎖を余儀なくされた。「資金集めはどうするのか」「維持は可能なのか」。約8億円に上る総工費に加え、年間の維持管理費は数千万円。多くの理事が態度を硬化させたのも無理はなかった。

 ただ、森本の中には明確なビジョンがあった。当時すでに有力選手だった高橋はこのとき関大1年。高校3年の織田も翌春の関大入学が決まっていた。拠点を失った2人が練習場を求め、数時間かけて遠方のリンクに足を運んでいたことも知っていた。

 2人がこのままだと、地元を離れる恐れもある。そうすれば、全日本選手権を制し、戦後、指導者に転じてからは関西のフィギュア界を牽引(けんいん)してきた山下艶子(89)らが作り上げてきた「フィギュアのDNA」が途絶えてしまう。学生時代にはスケートとは関係のなかった森本の中にそうした伝統を守ろうとする意識も働いていたに違いない。

 「(高橋、織田という)宝を無にしてなるものか」

 自らが先頭に立ち、卒業生や保護者から寄付を募って資金確保に奔走。キャンパス全体でガス会社と超大口契約を結び製氷用のガス代を大幅に削減させるプランにもめどをつけた。

 アリーナは18年夏に完成。高橋は五輪でメダルを獲得し、織田はスケート部監督として若手育成に励む。「停滞していたスケート界に確かな火をともすことができた」。森本はアリーナが関西フィギュア界の力の源だと確信している。

 (敬称略)

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