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【夕焼けエッセー】新聞切り抜き60年

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【夕焼けエッセー】
新聞切り抜き60年

 新聞の切り抜きを始めてもう60年になる。きっかけは入社した最初の部署でいろんな情報収集のために切り抜きの仕事を担当してからである。

 学生時代は新聞をあまり読んだこともなかったので来る日も来る日も記事を読むのは苦痛だったが、それ以上に気を揉(も)んだのは「新米のくせに朝から新聞を読むとは羨(うらや)ましいね」という嫌みをあちらこちらから言われたことだった。

 そこで思いついたのが、これは仕事だと言わんばかりに赤エンピツを手にして必死を装うことである。とはいうものの、ときには脱線して漫画を読んだりスポーツ欄に首ったけになったりと、今思えば横着な新人時代を送ったものである。

 こんなことを2年もしているうちに新聞の切り抜きは暮らしの習い性となり、家に帰ってからも切り抜きをずっと続けて今日に至っている。切り抜きの中身は千差万別で、印象に残った論評や解説、文芸作品、コラム、新聞小説の言葉などを日付順に切り抜きのノートに貼っている。

 このノートも今では随分と増えて書棚に鎮座しているが、ときどき黄ばんだ記事を繰っては当時を懐かしんだり、書き物に引用してみたり、口ずさんだりとけっこう楽しみながら生きる糧にしている。

 これを聞きつけた孫が「新聞を切ったり貼ったりしてどうするねん」と言うくらい、他人から見ると妙なアナログ人間の手なぐさみだが、長年妻と同じくらいかあるいはそれ以上に連れ添ってきた切り抜きノートだから、いずれ来世に旅立つときにはぜひとも棺(ひつぎ)に入れてほしいと思っている。

藤井 則彦(82) 大阪府豊中市

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