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【石野伸子の読み直し浪花女】「めし」で読み解く林芙美子(4)織田作之助と不思議な因縁 大阪弁を指南の石浜恒夫と…

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【石野伸子の読み直し浪花女】
「めし」で読み解く林芙美子(4)織田作之助と不思議な因縁 大阪弁を指南の石浜恒夫と…

昭和22年8月。自宅に引き取っていた昭子(右)と(日本近代文学館蔵) 昭和22年8月。自宅に引き取っていた昭子(右)と(日本近代文学館蔵)

 大阪を舞台にした「めし」には大阪弁が随所に出てくる。主人公夫婦は東京出身だから当然東京弁をしゃべるが、周辺の大阪人たちは濃厚な地元言葉で、ときに夫婦のギスギスをやわらげ、ときにイライラさせる。

 作中では、その大阪弁が過剰なほど丹念に書かれているのが印象的だ。

 「ほな、一寸、行って来まっさ。今夜にでも、返事、うかがいに寄りまっさかい。旦那はん、おかえりやしたら、いっぺん、よう話しといとくなはれ」

 路地裏長屋の近所に住む世話好きな谷口のおばさんのせりふ。思わず頭の中でイントネーションをつけて再現したくなるほどリアルだ。

 「実はこの大阪弁は石浜恒夫にチェックしてもらっています。朱筆を入れた原稿がたくさん残っています」

 林芙美子研究家の今川英子さん(67)に教えられ、原稿用紙を見た。確かに細かなチェックが入っている。

 「うちの息子、わてに、黙って、東京へ行ってしもたンです」は「いてしまいましてン」に。「何も、書いたもンもないし」は「書いたアるもンもないし」に。ちょっとした語尾の変更で、谷口のおばさんの庶民性がより色濃くにじんでくる。

 「こいさんのラブ・コール」などの作詞でも知られる石浜恒夫は大阪出身の作家だが、芙美子より20歳年下の作家。なぜ石浜だったのか。

 「そこに織田作之助とのつながりが出てきます」と今川さんが指摘する。

 林芙美子と織田作之助は昭和21(1946)年末、オダサクの死の2カ月前というときに初めて会い、そして強い結びつきを持った。文壇の中では一匹狼(おおかみ)的存在だった売れっ子2人は、出会うべくして出会ったといえるだろうか。

 オダサクは昭和21年11月、連載中の新聞小説「土曜夫人」執筆のため上京した。小説の舞台が京都から一向に移動しないことから、新聞社の要請で東京に出た格好だ。結局、上京した2カ月後の22年1月10日に東京の病院で客死する運命が待っている。

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