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【正木利和のスポカル】彫刻、写真、平面…大阪はいま巨匠たちの競演の場に

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【正木利和のスポカル】
彫刻、写真、平面…大阪はいま巨匠たちの競演の場に

「福岡道雄 つくらない彫刻家」展の展示風景。手前から木、針金などの廃材から作られた「集積」、石膏、ロープなどで制作された「飛ばねばよかった」、FRPとロープによる「ピンクバルーン」 「福岡道雄 つくらない彫刻家」展の展示風景。手前から木、針金などの廃材から作られた「集積」、石膏、ロープなどで制作された「飛ばねばよかった」、FRPとロープによる「ピンクバルーン」

 「つくらない彫刻家」はもちろん、かつては彫刻をつくっていた。だから、こうした回顧展ができるのである。

 大阪市北区中之島の国立国際美術館( http://www.nmao.go.jp/ )で開催されている「福岡道雄 つくらない彫刻家」は、おもしろい空間とあやしい造形、沈黙と言葉の洪水が一度に押し寄せてくる不思議な展覧会だ。

 1936(昭和11)年に大阪・堺で生まれた福岡は、もともと建築家志望だったのだが、1955年に大阪市立美術研究所彫刻室に入ったのを機に、本格的に彫刻制作に取り組みはじめる。砂に手を入れて石膏(せっこう)を流し込む「SAND」という砂まみれの作品群で注目されると、続いて平面をはうかのような「奇蹟(きせき)の庭」シリーズを発表し、彫刻というものの「ありよう」に疑問を投げかけてみせた。

 60年代に入ると、さらにその疑問を深める。何かをせねばならない、しかし、それは何なのか、という彫刻家の自問自答が作らせたものは、奇妙な細長い棒状の「何もすることがない」という作品群だ。

 そのむなしさは、ため息を生み、それは夢の色をした「ピンクバルーン」のなかで、宙を漂うことになった。「反芸術」という時代背景が、福岡に「彫刻の解体」をささやいたのである。

 70年代には、自らの60年代を否定するかのように、具象を制作し始める。FRP(繊維強化プラスチック)を使った「蛾」や「風景」、「自刻像」がそれだ。80年代はブロンズを使って風景彫刻のバリエーションを作っていたが、90年代に入ると、今度は「僕の箱(未完)」と題した自分の棺桶(かんおけ)や「僕達は本当に怯(おび)えなくてもいいのでしょうか」という、やはり箱型の作品を、木を用いてこしらえる。

 ところが、阪神大震災によって作品と現実の符合が生まれ、これまでの仕事に対する疑問と反省が湧き上がった。彼はFRPの板に同じ言葉を繰り返し刻んでいった。「僕達は本当に怯えなくてもいいのでしょうか」と問いかけ、「何もすることがない」とつぶやき、「何をしても仕様(しよう)がない」とあきらめる。

 そうした内省の言葉を見つめていると、「つくる」と「つくれない」の間をさまよう彫刻家の肉声が聞こえてくるようにも感じられる。

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