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【銀幕裏の声】レイテ沖海戦の証言者(下) 沈みゆく最上に「敬礼をして見送り…」 元乗員が見た“史上最大の海戦”

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【銀幕裏の声】
レイテ沖海戦の証言者(下) 沈みゆく最上に「敬礼をして見送り…」 元乗員が見た“史上最大の海戦”

加藤さんは水上偵察機「瑞雲」に爆弾を搭載し出撃したという 加藤さんは水上偵察機「瑞雲」に爆弾を搭載し出撃したという

 このとき一緒に基地へ帰還した搭乗員は後に特攻で戦死したという。

特攻隊の基地へ

 太平洋戦争末期の20年に入り、加藤さんは鹿児島県の鹿屋海軍航空隊へ配属される。映画「永遠の0(ゼロ)」の舞台にもなった特攻隊の出撃基地である。

 中尉となった加藤さんは、同基地で「多くの特攻隊員たちを見送りました」と言う。

 その後、航法訓練教官として大井海軍航空隊へ配属された加藤さんは予科練習生の指導に就き、8月15日に終戦の日を迎えた。

 だが、士官だった加藤さんは部隊解体後も基地の残務整理のために残り、京都へ帰郷したのは翌21年1月だったという。

 京都へ戻った加藤さんは就職するために、もう一度、大学を受験し直すことにした。「今度は関西大学に通うことにしました」

「死ぬまで勉強」、尽きぬ向学心…

 レイテなどで命を懸けて戦った海軍士官の加藤さんでさえ、復員後の生活は困窮し壮絶な苦労を重ねてきたのだ。しかし、そんなつらさを微(み)塵(じん)も感じさせない快活さで加藤さんは、その後の人生を語ってくれた。

 「当時、戦地から帰還し、大学生に戻る元軍人は多かったんですよ。その中には海軍兵学校や陸軍士官学校出の秀才も少なくなかった」と語る加藤さんは立命、関大と大学を2回卒業しているが、現在も「高齢者学」を学ぶため、京都市の市民講座や大学などで講義を受けているという。

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