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【石野伸子の読み直し浪花女】「めし」で読み解く林芙美子(2)「放浪記」「うず潮」な人生…尾道の女学校で運命を切り開いた文学少女

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【石野伸子の読み直し浪花女】
「めし」で読み解く林芙美子(2)「放浪記」「うず潮」な人生…尾道の女学校で運命を切り開いた文学少女

尾道の女学校時代の林芙美子。詩や短歌に親しんだ(新宿歴史博物館蔵) 尾道の女学校時代の林芙美子。詩や短歌に親しんだ(新宿歴史博物館蔵)

 明治時代、九州の片隅に生まれた林芙美子(はやし・ふみこ)が、家を持たない行商人の親の元に育ちながら、文学を志し、貧困生活の中から苦労を重ねて流行作家になっていく過程はほとんど奇跡に近い。

 そのドラマチックな人生は、菊田一夫によって舞台「放浪記」となり、連続テレビ小説「うず潮」となって人々に広く知られた。生前交友があった平林たい子をはじめ、近年まで多くの作家や研究者が評伝や評伝小説を手掛けているのも、他の作家にはない人生行路に引かれてのことだろう。

 出自や育ちは不確かなことが多い。「私は宿命的に放浪者」と「放浪記」に書いたように、行き当たりばったりの生活ではどこでどう暮らしたか分からないこともあっただろうし、本人も適当に書いたりあいまいにぼかしたりして、後年の評伝にも混乱が生じている。

 ただ、さまざまな研究者により確かになってきたことは多い。戸籍上、生まれは明治36(1903)年12月31日。本人は明治37年生まれとか5月生まれとか書いているがはっきりせず、この日を誕生日とする記述が多い。生誕地は本人の言で当初、下関となっていたが、現在では門司市生まれが定説となっている。

 鹿児島出身の林キクの婚外子として届けられた。本名フミコ。実父・宮田麻太郎は愛媛県出身の行商人で、桜島の温泉に滞在中にキクと結ばれた。キクは宮田とともに故郷を出て各地を転々とし、芙美子が生まれたころには門司にいた。

 その後、宮田は下関で「軍人屋」という質物を扱う店を構え、成功する。宮田はキクより14歳年下だが、芙美子が6歳になるころ芸者を家に入れ、それが原因となりキクは芙美子を連れて家を出る。そのとき一緒について出たのが番頭の沢井喜三郎。沢井がキクの立場に同情したとか夫が世話を頼んだとか言われているが、これもはっきりしない。沢井はキクより20歳年下。「実直で人のいい」この沢井が、その後、行商をしながら芙美子を育てる養父となる。

 生活は安定せず、芙美子は木賃宿に泊まり、九州各地の小学校を転々とし、ときにはキクの実家に預けられ肩身の狭い思いをしながら幼少期を過ごす。この放浪体験が芙美子の原風景になったことは想像に難くない。

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