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【銀幕裏の声】レイテ沖海戦の証言者(上) 重巡洋艦「最上」乗員が見た“史上最大の海戦”

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【銀幕裏の声】
レイテ沖海戦の証言者(上) 重巡洋艦「最上」乗員が見た“史上最大の海戦”

旧日本海軍の零式水上偵察機。加藤さんは機長として搭乗し幾度も出撃した 旧日本海軍の零式水上偵察機。加藤さんは機長として搭乗し幾度も出撃した

 日本海軍にとって“最後の艦隊決戦”となり、その後、米軍は日本本土への空襲を本格化し始める。

 20年7月の米軍による呉軍港空襲では、わずかに残されていた戦艦や空母などが撃沈し、呉軍港は日本海軍の母港としての機能を完全に失った。

 そして、8月6日に広島、9日には長崎に原爆が投下され、日本は全面降伏するのだ。

“水上機乗り”となり最上へ

 加藤さんは大正11(1922)年、京都市に生まれ、育った。昭和15(1940)年、立命館大学へ進学するが、その翌16年12月に日米開戦。加藤さんたちは、本来は19年3月に卒業する予定だったが、18年9月に繰り上げ卒業となる。

 「連合艦隊の山本五十六司令長官の戦死を聞いたとき、私たち学生は皆、“仇(かたき)を討たねばならない”と声をあげました。そして私は海軍を志願したのです」

 厳しい試験をくぐり抜け海軍飛行予備学生となった加藤さんは三重海軍航空隊に入隊。偵察、航法などの技術を習得し、19年5月、海軍少尉に任官。同7月、零式水偵の搭乗員となり、最上へ乗艦することが決まった。

洋上でのカタパルト訓練

 最上への配属が決まり、加藤さんが向かった日本海軍の海外における最西端の艦艇停泊地、リンガ泊地には、レイテ沖海戦に備え、戦艦「大和」など連合艦隊の蒼々たる軍艦が次々と集結していた。

 洋上での厳しい戦闘訓練は連日繰り返されたという。

 最上には飛行甲板があり、加藤さんたち零式水偵の搭乗員たちは、連日、カタパルトで離陸する訓練を行っていたという。

体重の何倍もの重力が…戦艦『大和』甲板上にスクリーン張って…

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