産経WEST

【松下幸之助の伝道師(4)】ピンチはチャンス これぞ「陽転思考」 尾崎高広さん、パナソニックES創研上席講師

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【松下幸之助の伝道師(4)】
ピンチはチャンス これぞ「陽転思考」 尾崎高広さん、パナソニックES創研上席講師

松下政経塾を出て松下電工に入社した尾崎高広さん。松下幸之助の「ピンチはチャンス」という発想を実践した(水島啓輔撮影) 松下政経塾を出て松下電工に入社した尾崎高広さん。松下幸之助の「ピンチはチャンス」という発想を実践した(水島啓輔撮影)

 1期生として松下政経塾で5年を過ごした尾崎高広さん(60)は昭和60年、松下電工に入社。サラリーマン生活が始まった。

 --松下電工時代はどんな仕事に携わりましたか

 尾崎 東京の営業所が振り出しで、そこでは5年間勤めました。当時はバブルに入る絶頂期でした。東京都庁のビル、サントリーホール、アークヒルズなど多数の物件が登場し、松下電工の照明を中心に納入していました。

 --営業の現場ではどんな苦労が

 尾崎 現場はお客さまと接する最前線。不備は現場で発生して、それを全部かぶらなくてはいけないんです。東京都庁では、納入する照明の検査に会社を代表して立ち会いました。すると検査で不備が見つかりました。検査の後、「松下電工残れ」と声がかかりました。照明の内部で、反射板同士の組み合わせが少しずれていて隙間が生まれていたのです。明かりはつきますが、見る人が見たら分かる不備でした。

 --どのようなフォローをしたのですか

 尾崎 結局、全品交換になりました。何千セットにもなりましたね。納期に間に合わせるために工場で急いで作った結果、不備が生まれたようです。会社として損失はこうむりますが、でもこういうときは徹底的にやることが大切です。すると相手方から「ここまでやってくれる会社なのか」と信頼していただくことにつながる。ピンチはチャンスなんです。

 --松下幸之助さんの教えのようなお話ですね

 尾崎 幸之助さんはまず、現実をありのままにとらえた上で、困難があってもうまい方に転がしていく「陽転思考」のできる人でした。政経塾の講義では「自分が商売を始めたときは何もなかった」と言っていました。幸之助さんは8人兄弟でしたが、兄、姉全員が病気で亡くなっています。22歳でソケットの商売を始めて行き詰まり、夫人の嫁入り道具の着物を質に出して暮らしたこともある。本当に厳しい環境の中をはい上がっていくんですね。それは「将来はこうなりたい」という明確なビジョンを持ち、ピンチをチャンスに変えていく発想があったからだと思います。

続きを読む

「産経WEST」のランキング