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【松下幸之助の伝道師(1)】22歳に「一緒に学ぼう」 経営の神様に感激 尾崎高広さん、パナソニックES創研上席講師

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【松下幸之助の伝道師(1)】
22歳に「一緒に学ぼう」 経営の神様に感激 尾崎高広さん、パナソニックES創研上席講師

松下政経塾の1期生として松下幸之助の薫陶を受けた尾崎高広さん。パナソニックグループの研修を担当している(水島啓輔撮影) 松下政経塾の1期生として松下幸之助の薫陶を受けた尾崎高広さん。パナソニックグループの研修を担当している(水島啓輔撮影)

 来年100周年を迎えるパナソニックの創業者、松下幸之助氏が昭和55(1980)年に私財を投じて開設し、政財界に多くの人材を輩出した「松下政経塾」。パナソニックエコソリューションズ創研、上席講師の尾崎高広さん(60)は塾の1期生として「経営の神様」の薫陶を受けた。グループの研修を担う「伝道師」が今伝えている理念について聞いた。

 --初めて「松下幸之助」を意識したのは

 尾崎 高校生の時、母が地元の三重県鳥羽市のホテルにVIPルームを担当として勤めていました。ある時、客としてやって来た幸之助さんを2日間お世話したのです。幸之助さんは従業員一人ひとりに丁寧にあいさつするなど、振る舞いすべてが素晴らしかったと感動していました。その時、どんな人なんだろうという興味を持ちました。

 --なぜ松下政経塾に

 尾崎 防衛大学校に入り、日本の安全保障について考えることがありました。外国から偵察機が飛来すれば緊急発進を行いますが、「専守防衛」のため自衛隊の航空機は十分な武装はできない。この課題を解決する舞台は政治だと気づきました。その頃、政治家を養成する松下政経塾が設立されると発表があり、母の話もあって資料を取り寄せました。大学校同期の多くは当時の防衛庁に行きましたが、何としても政経塾に入り、自分を磨きたいと思うようになりました。

 --初めて幸之助さんに会った印象は

 尾崎 昭和54年の夏でした。神奈川県茅ケ崎市の政経塾の建物の3階で、入塾のための面接を受けました。部屋の中央に幸之助さん、左右に丹羽正治さん(松下電工会長=当時)、初代塾頭の久門泰(ひさかど・ゆたか)さんがいました。質問は左右の2人から来るのですが、幸之助さんは射るような目で見てきます。すごい迫力で卒倒しそうになりました。自分はぺらぺらしゃべっているけど、心の奥底まで見透かされているような感覚でした。

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