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【石野伸子の読み直し浪花女】井上靖の大阪(8)「狐に化かされ」小説へ転換 「詩作から抵抗なく」関西な柔軟さ

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【石野伸子の読み直し浪花女】
井上靖の大阪(8)「狐に化かされ」小説へ転換 「詩作から抵抗なく」関西な柔軟さ

昭和22年10月。毎日新聞大阪本社屋上で詩人仲間と。左から杉山平一、竹中郁、小野十三郎、安西冬衛、井上靖 昭和22年10月。毎日新聞大阪本社屋上で詩人仲間と。左から杉山平一、竹中郁、小野十三郎、安西冬衛、井上靖

 井上靖は詩人として出発している。

 高等学校時代、詩の同人誌に自作を発表したのが文学的な出発といえるし、「流転」を書いた後、新聞記者になって小説から離れたときも、詩作は続けていた。

 戦後、何かに憑(つ)かれたような創作欲にかられたときも、最初に手掛けたのは詩だ。やたらと詩を書いては発表した。活字にしてくれる雑誌は「火の鳥」「コスモス」「詩文化」など数多くあったのだ。井上は独特の散文詩を書き、要請に応じて30編以上を発表している。

 当時の熱気は独特のものだった。みんな「何かにとりつかれたような時代」であり、そんな中から児童詩雑誌「きりん」が生まれた。井上は竹中郁や足立巻一らとともに創刊にかかわっているが、スポンサーとなったのは尾崎書房という書店。

 「私たちは毎日のように新聞社近くの尾崎書房に集まり、風呂にはいり、闇市から仕入れた夕食のご馳走(ちそう)になった。尾崎書房はふしぎな集会場であった。そこにいると、誰も彼もがやたら贅沢(ぜいたく)な気分になり、贅沢な企画をたてた。そして、それがふしぎに実現していった」(「私の履歴書」)

 吉原治良、須田剋太ら一線の画家たちが応援してくれ、安西冬衛、小野十三郎、杉山平一、坂本遼ら在阪の詩人たちが引き寄せられるように集まってきた。

 「多少狐(キツネ)に化かされていたのに違いない。私から狐がおちたのは昭和二十三年の暮れ、大阪を引き上げて東京に移った時である。誰かに力まかせに肩を叩かれ、はっとして正気に戻ったようなものである。これは東京に移ったためでなく、大阪に居ても同じことだったと思う。終戦後の奇妙な時代は二十三年をもって終りをつげ、二十四年から物情騒然たる正気の、本当の戦後は幕を開けたのである」(「私の履歴書)」

 さて、その狐に化かされた時期、井上自身は詩から小説への大転換をはかっている。戦後発表した詩の多くは後に詩集「北国」にまとめられているが、その多くが「猟銃」「比良のシャクナゲ」「漆胡樽」など初期の短編小説に生かされている。

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