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【宝塚音楽学校の今】(受験編)「東の東大、西の宝塚」の狭き門 求められるのは“荒削りな原石”、今も語り継がれる天海祐希の伝説

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【宝塚音楽学校の今】
(受験編)「東の東大、西の宝塚」の狭き門 求められるのは“荒削りな原石”、今も語り継がれる天海祐希の伝説

声楽のレッスンをする生徒たち(宝塚音楽学校提供) 声楽のレッスンをする生徒たち(宝塚音楽学校提供)

 百周年の勢いそのままに好調が続く宝塚歌劇団(兵庫・宝塚市)。その夢舞台に立つタカラジェンヌを育成する宝塚音楽学校も改めて注目を浴びる。が、その存在は意外に知られざる部分も。宝塚音楽学校の“今”について、歌劇団の前理事長で今春、音楽学校の校長に就いた小林公一氏の解説を交えながら、【受験編】【学校生活編】に分けて紹介する。(橋本奈実)

4回しかチャンスがない宝塚受験

 「宝塚音楽学校に入学し、卒業しなければ、宝塚の舞台には立てない」

 宝塚を知る人には周知の事実だが、台湾公演の成功や百周年を機に、国内外における劇団認知度がより高まった今、意外に知らない人も。「どうすれば宝塚の舞台に立てるのか」という問い合わせもあるという。

 宝塚歌劇団は、外部の劇団や作品のように出演者の募集はない。団員はすべて宝塚音楽学校の卒業生だ。創立以来、4500人超の卒業生を宝塚の舞台へ送り出している。

 音楽学校の歴史は、歌劇団よりもわずかに長い。大正2(1913)年7月、宝塚歌劇の初演よりも約9カ月前に、前身の「宝塚唱歌隊」が発足。同7年に「宝塚音楽歌劇学校」となり、翌年、同校生徒と卒業生で「宝塚少女歌劇団」を組織。昭和14(1939)年に学校は歌劇団と分離され、「宝塚音楽舞踊学校」に。同21年に現在の「宝塚音楽学校」と名を変えた。

(次ページ)受験資格は「女子」、入学後も「特別扱い一切なし」そして…

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