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【石野伸子の読み直し浪花女】井上靖の大阪(7)三つ子の魂…無償な愛を信用せぬ孤独さ 祖母と同盟、小説は贅沢な遊び

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【石野伸子の読み直し浪花女】
井上靖の大阪(7)三つ子の魂…無償な愛を信用せぬ孤独さ 祖母と同盟、小説は贅沢な遊び

湯ヶ島の家で両親と談笑する井上靖(浦城いくよ氏提供) 湯ヶ島の家で両親と談笑する井上靖(浦城いくよ氏提供)

 2人の関係は幼な心にも微妙なものだった。周囲から見れば靖はいわば人質、その代償としてたっぷりの愛情がそそがれる。しかし、少年の方も祖母をかばうという形で愛情にこたえた。それは「一種の同盟関係だった」と回想する。

 「私は五十を越えた今日無償な愛情というものをあまり信用していない。夫婦愛でも、親子の愛でも、友人間の愛情でも、私はときどきそうしたものを見ると、それをもっと別のものに置き替えたい激しい衝動を感じることがあるが、こうした感じ方は幼少時代の祖母との共同生活において、私の心に知らず知らずのうちに形成されたものである」(「私の自己形成史」)

 井上靖の作中人物に宿る孤独感。同時に何者にも拘束されないのびやかさ。その原点がここにあることが確認できる。

 さて、この「私の自己形成史」の中で、伊豆、沼津、金沢の3カ所は自分にとって「他と替えることのできない特別な場所」として特筆されるが、その後に住んだ京都、大阪については、「この二つの土地には馴染めなかったし、そこに住んだために変わらされもしなかった」とクールだ。

 なぜだろう。

 すでに20歳をはるかに過ぎて自己形成を果たしていたということか。あるいは、戦争に突入する暗い時代が背景にあったからだろうか。

 思い当たるのは、井上が書きたかった小説世界について語ったこんな言葉。

 「なにか贅沢なものを、まったくの遊びを書きたかった」(「わが文学の軌跡」)

 それはつまり、井上が現実に生きている社会とはまったく遊離した世界。焼跡闇市を彷徨(ほうこう)せざるをえない現実とは隔絶した、遊びの贅沢(ぜいたく)な世界だ。だからこそ、自分が生きている現実社会そのもの、その大阪を小説に投影することを避けたのではないか。

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