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【銀幕裏の声】映画「エルネスト」が伝える“ゲバラの真実” 「なぜ日本人は怒らないのだ!?」とゲバラは広島で怒った

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【銀幕裏の声】
映画「エルネスト」が伝える“ゲバラの真実” 「なぜ日本人は怒らないのだ!?」とゲバラは広島で怒った

オダギリジョーが“エルネスト・メディコ”を熱演する (C)2017“ERNESTO”FILM PARTNERS. オダギリジョーが“エルネスト・メディコ”を熱演する (C)2017“ERNESTO”FILM PARTNERS.

 今年はキューバ革命の指導者、エルネスト・チェ・ゲバラ(1928~67年)の没後50年。ゲバラはボリビアでの革命闘争中に暗殺されるが、このときゲバラと一緒に戦っていた日系ボリビア人がいた。父が鹿児島出身のフレディ前村ウルタード(1941~67年)。ゲバラと同じく医師を目指した医学生だ。ゲバラは仲間を本名ではなく愛称で呼んでいた。前村の愛称は“エルネスト・メディコ(医師)”。なぜゲバラは日本人の血を受け継ぐ前村に自分のファーストネームを授けたのか? 2人の交流を描いた映画「エルネスト」(公開中)を撮った阪本順治監督、ゲバラの長男、カミーロ氏にこれまで語られることのなかった“ゲバラの真実”を聞いた。(戸津井康之)

「なぜ日本人は怒らないのだ!?」

 映画の冒頭、1959年7月に来日したゲバラのこんなエピソードが描かれる。

 外務省は騒然としていた。ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)が当初予定していた神戸での工場視察を突然キャンセルし、大阪から夜行列車に乗って広島へ向かったのだ。

 ゲバラを団長とするキューバ使節団一行が車内で駅弁とお茶を買って食べるシーンは印象的だ。使節団と言っても広島へ向かったのは在日キューバ大使を含め3人だけだった。

 「当時の外務省の資料などからゲバラが来日した際の日本での訪問先のリスト、ルートなどを徹底的に調べました。ゲバラは飛行機を使わず列車を乗り継いで、何とか広島と長崎を訪問しようとしていたことが分かりました」と阪本監督は説明する。

 広島へ向かう車両で部下はゲバラへこう報告する。「広島訪問後の長崎訪問は難しくなりました。すぐに東京へ戻らねばなりません」。それを聞いたゲバラはとても残念そうな表情を浮かべる。

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