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【石野伸子の読み直し浪花女】井上靖の大阪(6)新時代の小説「闘牛」 抒情と物語性を統合…記者の早業で執筆し芥川賞

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【石野伸子の読み直し浪花女】
井上靖の大阪(6)新時代の小説「闘牛」 抒情と物語性を統合…記者の早業で執筆し芥川賞

文化勲章を胸にふみ夫人と並ぶ井上靖=昭和51(1976)年 文化勲章を胸にふみ夫人と並ぶ井上靖=昭和51(1976)年

 芥川賞を受賞した「闘牛」は、「猟銃」とほぼ同時期に書かれた。最初に取りかかったのは「猟銃」だが、その最中に「闘牛」の構想を得、取材を始めて先に世に問うたのは「闘牛」だ。

 構想を得て取材を始め、そこから執筆するまでにわずか数カ月。実に早業であるところがいかにも新聞記者らしい。

 昭和22年1月、毎日新聞系列の夕刊紙「新大阪新聞」の主催で派手なイベントが行われた。四国・宇和島の伝統行事「闘牛」を都会にもってきて特別興行しようという野心的試み。闘牛は野蛮だとしてGHQが一時中断させたほどの行事だが、それを都会の球場(いまはなき西宮球場)のスタンドに特設舞台をつくり見物しようという3日間の催しだった。

 井上靖は最終日の会場をのぞいて強烈な印象を受けた。これを下敷きにして何か小説を書こうと決意した。何を書こうとしたのか。「闘牛について」と題した自作解説にこう述べている。

 「霙(みぞれ)の降る寒い日だった。スタンドの少数の入場者に見守られて、球場の中央の竹矢来の中出行われている二匹の牛のかくしつは、私の眼には異様なものとして映った。なにしろ終戦直後のことであり、日本人すべてが心の中に大きい穴を持っており、その虚脱感はいつ埋まるものとも判らぬ時代であった。そうした人々が、外套の襟を立て、傘をさしかけ、なんの動きもない甚だ非近代的な牛の相撲を見ている。次第に言い知れぬ悲哀感が、私の心の中に立てこめて来た。この会場の詩を一篇の小説に書き得たらと思った」(昭和25年4月)

 イベントの企画者である新大阪新聞編集局長の小谷正一はかつての同僚だ。この小谷に取材を重ね、一篇の小説が出来たのは数カ月後で、雑誌「人間」の第1回新人小説に応募し、その年9月に発表された結果は「大賞なし」の佳作だった。推敲(すいこう)を重ね、わたりのついた「文学界」に2年後の昭和24年12月に発表したのが現在の「闘牛」。芥川賞受賞作となった出世作だ。

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