産経WEST

【石野伸子の読み直し浪花女】井上靖の大阪(5)離婚・不倫・告白…愛と孤独、新生の記念碑「猟銃」

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【石野伸子の読み直し浪花女】
井上靖の大阪(5)離婚・不倫・告白…愛と孤独、新生の記念碑「猟銃」

東京・世田谷の自宅でくつろぐ井上靖。72歳=昭和54(1979)年 東京・世田谷の自宅でくつろぐ井上靖。72歳=昭和54(1979)年

 「猟銃」は詩や手紙が短編の中に埋め込まれ、華麗なるドラマが万華鏡のように現れてくる凝ったつくりの小説だ。

 まず語り手の「私」が、日本猟人倶楽部の機関紙「猟友」から原稿を頼まれるところから始まる。「私」は狩猟などにはまったくの門外漢だが、旧制高等学校時代の級友が編集にたずさわっており、久しぶりに再会したことから原稿を頼まれる。私は「ふとした事から猟銃というものと、人間の孤独というものの関係に詩的感興をそそられていた」のだ。

 「私」はかつて晩秋の天城の間道で猟犬連れの狩猟者とすれ違ったことがあり、その男のたたずまいに強烈な印象を受けた。そのときの思いをモチーフに一編の散文詩を仕上げ、それが「猟友」の最新号に載ったところから、一人の男の奇妙な運命に巻き込まれる。

 雑誌に載った詩はこんなものだ。

 「その人は大きなマドロスパイプを銜(くわ)え、セッターを先に立て、長靴で霜柱を踏みしだき乍ら、初冬の天城の間道のくさむらをゆっくり分け登って行った。二十五発の猟弾の腰帯、黒褐色の革の上衣、その上に置かれたチャアチル二連銃、生きものの命絶つ白く光れる鋼鉄の器具で、かくも冷たく武装しなければならぬものは何であろうか。行きずりのその長身の猟人の背後姿に、私はなぜか強く心惹かれた」

 「私」は時折思い出しては、「あの猟人のようにゆっくり、静かに、冷たく歩きたい」と思う。「落莫とした白い河床」を背景として。

 そう書いた「私」のもとに、「三杉穣介」と名乗る男から謎めいた手紙が届く。「貴方が書いた所謂“白い河床”なるものが如何なるものか知ってもらいたい。読んだ後は処分してほしい」とメッセージを添えて。時間を置かず、3通の手紙が別便で届く。

 それは3人の女性が三杉に宛てた手紙で、内容は強烈なものだった。

続きを読む

関連ニュース

「産経WEST」のランキング