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【関西プチ遺産】初代は「金閣寺」の天井板に? 忍坂山口坐神社の大楠(奈良県桜井市)

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【関西プチ遺産】
初代は「金閣寺」の天井板に? 忍坂山口坐神社の大楠(奈良県桜井市)

忍坂山口坐神社の大楠=奈良県桜井市 忍坂山口坐神社の大楠=奈良県桜井市

 巨大な楠である。目通り(目の高さ)の周囲7.3メートル、高さは25メートルほど。根もとから2メートルのところで二股に分かれ空へと伸びる。狭い境内なので、首が痛くなるほど顎(あご)を上げないとこの巨樹の全容を見ることはできない。

 『奈良県磯城郡誌』(1915年)には、「古社地に楠木の大樹あり。足利義満、之を伐(き)りて金閣寺の天井板となす。後人、其樹陰の及(およ)びたる地を木下と字す。其地域、社を距(へだた)る一町余に及ぶ。当時、樹の巨大にして枝葉の繁茂せる、以(もっ)て知るべし。現に存する所の楠木は、其後に栽(う)うるものなり」とある。

 現在の楠は2代目で、初代は金閣寺の天井板とするために伐採されたと。金閣寺は応永4(1397)年に完成しており、2代目の現在の楠でも600年を超えているはずである。

 金閣寺へ運ばれた初代には別の伝えも。奈良研究の先駆者・高田十郎氏が収集した『大和の伝説』(1933年)には「板でない板橋 …昔、足利義満が、北山金閣寺の天井を一枚張にしようとして、大木を諸国に求めた時、柳本領主が、郡内の敷島(しきしま)村大字赤尾=忍坂山口坐神社(おしさかやまぐちにますじんじゃ)の場所=から伐採した楠木は、大層大きく重くて、ここに架かっていた当時の橋では、通せなかった故に、其楠木の余材で、広い丈夫な橋に造り替へて渡した。それで、橋は其後かわっても、いつまでも板橋といい、川を板橋川とよぶのだと云(い)う」とある。それまで架かっていた橋ではこの巨大な楠を渡せず、運ぶべき楠の一部を使って橋を造り替え、川を越えることができたと。

 さまざまな歴史が静かに残る。(伊藤純)

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