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楠木正成「桜井の別れ」の大型絵馬見つかる 大阪・河内長野・加賀田神社、明治の大修理完成時に奉納か

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楠木正成「桜井の別れ」の大型絵馬見つかる 大阪・河内長野・加賀田神社、明治の大修理完成時に奉納か

楠木正成、正行父子の「桜井の別れ」を描いたとみられる大型絵馬=大阪府河内長野市加賀田 楠木正成、正行父子の「桜井の別れ」を描いたとみられる大型絵馬=大阪府河内長野市加賀田

 本殿の保存修理を昨年8月に終えた大阪府河内長野市加賀田の加賀田神社(市指定文化財)で、南北朝時代の武将・楠木正成が嫡男と離別した場面を描いたとみられる大型の絵馬(幅約1.9メートル、高さ約1.2メートル)が見つかり、135年前の明治15(1882)年の本殿大修理完成時に氏子らによって奉納されたと推定できることがわかった。担当者は「地域の人々に正成らが尊敬されていたことを示す貴重な史料」としている。(藤崎真生)

 絵馬は神社関係者の一部の間では知られていたが、調査は行われていなかった。今回の調査を担当した「天野山文化遺産研究所」代表理事の山内章さん(59)によると、本殿に描かれた武者像のタッチや、群青色やエメラルドグリーンといった色が使われていることなどから、明治期に現在の奈良県五條市を拠点に活動していた絵師の大西安太郎が手がけたとみられる。

 本殿大修理の過程では、明治15年6月に屋根ふき替えや彩色修理が完成したことなどを記した木札(もくさつ)が見つかっている。絵馬に記された日付は明治15年7月と時期が近い点などから、氏子らが大修理の完成記念として奉納したと推定できるという。

 絵馬では菊水紋の鎧(よろい)をまとった武将と、その前でひざまずく別の若い武将が描かれている。正成と嫡男・正行(まさつら)父子が離別する「桜井の別れ」をイメージしたものとみられる。このほか少年時代の正成が学んだ観心寺(河内長野市)の「金堂」とみられる建物なども描かれており、山内さんは「有名な『桜井の別れ』の場面で観心寺を描くケースは珍しい」としている。

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