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【夕焼けエッセー】大切な携帯電話

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【夕焼けエッセー】
大切な携帯電話

 携帯電話が見当たらないのです。もう1時間近く探しているのに。自分の番号を覚えていないどころか、メモってさえいなかったのです。助けを求めようにも電話帳は携帯の中。

 探しくたびれ、自分に腹立たしく、猫の鳴き声にもいらついてきたのです。しかし、ないと絶対に困る。気を取り直し、もう一度探してみることに。ゴミ箱、洗濯物の中、読みかけの新聞の間、家の中をひっくり返して探してもでてきてくれません。70歳を過ぎて私も、いよいよボケ出したのかしら…と、グッと涙ぐんだその時。

 「あんた、携帯鳴らして」と主人の言葉が。主人は自分の携帯が見当たらないと、いつも私に呼び出しを頼むのです。2人で耳をすまして探している様子が浮かぶと同時に、ポタポタと涙がこぼれてきました。

 主人は10年前から心臓、肺と悪くし、この1年は24時間酸素吸入の病状で、いつでも私が支え、助けていると思っていたのですが、その時気付きました。私も、こんなささいなことであっても助けられていたのだと。2人だから、主人がいてくれたから、おしゃべりも、笑うことも、けんかや助け合うこともできたのだと。

 これからはなんでも1人。そう、主人はもういない…。気がつくと大声で泣いていました。

 涙鼻を拭(ふ)こうとティッシュに手をやると、ありました!主人とのメール、写真、思い出の詰まった大切な携帯電話が箱の中に。

 主人は今年2月に私の見えないところに行ってしまいました。さっそく番号を書いて、遺影の裏に貼(は)り付けました。「ここなら忘れませんよね」と、そう言って。

金城 月子(71) 大阪市天王寺区

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