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【歴史インサイド】「これが最期です、さようなら」旧ソ連軍侵攻と真岡乙女の悲劇も…「樺太」日本統治の痕跡は今

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【歴史インサイド】
「これが最期です、さようなら」旧ソ連軍侵攻と真岡乙女の悲劇も…「樺太」日本統治の痕跡は今

第二次世界大戦の悲劇の舞台として知られる真岡郵便局跡。旧ソ連軍の侵攻が迫る中、当時の電話交換手の女性9人が死を覚悟で業務を継続し、青酸カリによる自決を遂げた。現在はアパートとなり、1階には銀行が入居する=サハリン州ホルムスク(有年由貴子撮影) 第二次世界大戦の悲劇の舞台として知られる真岡郵便局跡。旧ソ連軍の侵攻が迫る中、当時の電話交換手の女性9人が死を覚悟で業務を継続し、青酸カリによる自決を遂げた。現在はアパートとなり、1階には銀行が入居する=サハリン州ホルムスク(有年由貴子撮影)

 北海道からわずか約40キロの真北に位置する島、サハリン。かつて樺太島と呼ばれ、明治38年から昭和20年までは南半分が日本の統治下にあった。昭和20年8月、第二次世界大戦末期の旧ソ連軍の侵攻で日ソ間で激しい戦闘が行われ、多くの民間人の血が流れた地でもある。現在はロシアに実効支配されており、日本時代の遺構はほとんど残っていない。「樺太の戦い」が幕を下ろしてから8月25日で72年。かつての日本領土はいま、どうなっているのか。この夏、日露両国の歴史と文化が複雑に絡み合うサハリン島を訪ねた。(有年由貴子)

波に揺られ3時間半

 8月5日、日本最北端の北海道稚内市からフェリー「ペンギン号」に乗った。こぢんまりとした船体に描かれたペンギンのイラストが愛らしい。目指すは、対岸のサハリン島にある港町、コルサコフ(旧・大泊)だ。

 ペンギン号は6~9月に週2~3回、稚内-コルサコフ間の国境を往復する。運航会社のホームページによると、今シーズンは国内外のバックパッカーや自転車の利用客が急増。パックツアーが多く「高額」のイメージだったサハリンの旅が、リーズナブルなものにも変わりつつあるという。

 この日の乗船者は、ほとんどが高齢者を中心とした団体のツアー客。個人旅行者は数人だった。北海道からツアーに参加した女性は「知り合いにサハリンからの引き揚げ者がいる。自分の身近なところにあるサハリンを一度見てみたかった」と話した。

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