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【正木利和のスポカル】あの裸婦は、こうして生まれた 文化勲章画家・加山又造の華麗なる変遷

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【正木利和のスポカル】
あの裸婦は、こうして生まれた 文化勲章画家・加山又造の華麗なる変遷

≪はなびら≫ 1986年 紙本彩色 エール蔵王 島川記念館蔵 ≪はなびら≫ 1986年 紙本彩色 エール蔵王 島川記念館蔵

 さまざまな画家の絵を見る、ということを通して、ひとつわかったことがあるとすれば、すぐれた画家は作風が次々に変化してゆく、ということだ。

 そう、ゴッホもセザンヌもピカソも、みな変わっていった。

 つまり、すぐれた画家は決して「いま」に安住しはしない。

 そして、それは洋の東西を問わぬらしい。

 たとえば、日本画家、加山又造(1927~2004年)の作品を見ていると、その華麗な作風の変遷に息をのんでしまう。

 先日、横浜高島屋で「生誕90年 加山又造展~生命の煌めき」を見た。

 それは、めくるめく、というべき彼の豊かな「美」を求める才能を表現した展示だった。

 京都・西陣の図案をなりわいとする家に生まれた加山は東京美術学校(現東京芸大)に進み、勤労奉仕先の山口・岩国市で終戦を迎えた。23歳のときに師の山本丘人(1900~86年)らがつくった創造美術(現創画会)に出品し、研究会賞を受賞する。

 日展の閉鎖的な権威主義への批判から生まれた創造美術は「世界性に立脚する日本絵画の創造」をかかげ、日本画の革新に挑んだ。

 動物を描いた初期の作品には、彼がルソーのプリミティブな表現やピカソのキュビスムに学んだ跡がはっきりとみえる。たとえば「月と縞馬(しまうま)」(1954年)や「駈ける」(1955年)などがそうだ。形態の分解とか、時間の推移といった表現は、それまでの日本画では誰も考えつかないものだったに違いない。

 それを加山はやってのけた。

 斬新な発想で独自の様式的表現を日本画にとりいれたことで、彼はその革新的動向を代表する存在としてクローズアップされることになる。

 ところが、30代に入ると、截金(きりがね)など絵画の古典技法の習得に励み始める。そして、横山操(1920~73年)や石本正(1920~2015年)と「轟会」をつくり、大和絵や琳派にならった装飾的な作品の画風へとかじを切るのである。

 加山作品の美しさを語るとすれば、やはりこのころが主になろう。彼の作品で、初めて心を奪われたのは「春秋波濤(はとう)」(1966年)という古画をならって描いたものだ。そこに描かれていたのは、日本の四季の美そのものである。

 今回の展示でいえば、尾形光琳の「紅白梅図屏風(びょうぶ)」にならった「紅白梅」(1965年)や俵屋宗達の「鶴図」を思い出させる「飛翔」(1970年)などが、その範疇(はんちゅう)に入るものであろう。

 しかし、加山は決してそれらを伝えられてきた手法の単なる再現として描いたのではなかった。日本人のなかに生き続けてきた美意識を古い伝統のなかにさぐり、それを今日的に解釈しなおして、大胆な画面構成を用いて表現したのである。

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