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【石野伸子の読み直し浪花女】井上靖の大阪(3)大阪「空白の10年」で飛躍 流転、そして“猟銃”“闘牛”

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【石野伸子の読み直し浪花女】
井上靖の大阪(3)大阪「空白の10年」で飛躍 流転、そして“猟銃”“闘牛”

書斎でグラスをかたむける井上靖。書斎はその後、旭川にある井上靖記念館に移築された=昭和57(1982)年、東京・世田谷の自宅 書斎でグラスをかたむける井上靖。書斎はその後、旭川にある井上靖記念館に移築された=昭和57(1982)年、東京・世田谷の自宅

 井上靖の文学碑や記念館は全国各地のゆかりの場所に建てられている。

 生誕地・北海道旭川市には平成5(1993)年に記念館がオープンした。自筆の取材ノートや親交のあった芸術家らの作品が収められ、平成24(2012)年には東京都世田谷区の旧宅の書斎や応接間が移築された。生前の作家の生活ぶりをしのぶ貴重な場所になっている。また、故郷の静岡県長泉町には生前、沼津中学後輩によって文学館が設立された。井上自身も何度も訪れ、講演が行われている。

 また作品の舞台となった場所に建てられた文学碑も多い。「通夜の客」の鳥取県日南町には文学碑のほか、「野分の館」と作家自らが命名した小さな記念館が。また、初めての新聞小説「その人の名は言えない」の舞台となった三重県の鬼ケ城、「星と祭」に描いた滋賀県の渡岸寺(どうがんじ)にも文学碑がある。

 井上靖の長女、浦城いくよさんが書いた「父井上靖と私」には、これらの施設にかかわる人たちとの交流も書かれているが、ここに大阪は登場しない。

 「そうなんです。不思議にご縁がない。母も大阪には思い出がたくさんあるとよく言っていました。父にとっても大事な時期だったと思います」と、浦城さんも大阪との縁の薄さを不思議がる。

 作家・井上靖にとって大阪はどういう場所だったのか。

 「井上文学誕生のゆりかごとなった重要な場所」というのは、井上靖研究で知られる元日大大学教授(日本近代文学)の藤沢全(まとし)さん(80)だ。「若き日の井上靖研究」「詩人井上靖-若き日の叙情と文学の原点」「井上靖の小説世界-ストーリーテラーの原風景」など井上靖に関する著作が多く、とりわけ初期の井上靖に注目した研究もあり、それだけに大阪と井上文学との関わりには深い関心を寄せている。

 井上が大阪に住んだのは、毎日新聞大阪本社に入社した昭和11(1936)年から東京へと転勤した昭和23年までの10年あまり。この間、井上は小説を一作も発表していない。が、この「空白の10年」こそ井上文学にとってジャンピングボードとなった時期と強調する。

 「空白10年」というのは、実はそれ以前に井上が小説をいくつか書いているからだ。

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