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【井上章一の大阪まみれ】ビリケンを駆逐したのは、あのキューピーだった

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【井上章一の大阪まみれ】
ビリケンを駆逐したのは、あのキューピーだった

 銀座の光明堂という西洋雑貨店では、輸入物のビリケン人形が店頭におかれていた。ショーウインドーをかざる、目玉の景気づけにもなっていたのである。のみならず、それは東京・銀座の名物だとさえ、言われていた(平野威馬雄『銀座の詩情』一九六六年)。

 寺内首相を「ビリケン」とむすびつけたのは、新聞記者の小野賢一郎である。小野は、光明堂のビリケンを目にした直後に寺内を見かけ、この綽名(あだな)を思いついたという(『明治・大正・昭和』一九二九年)。

 前回、寺内への反感がビリケンの評価をおとしたと、そう書いた。しかし、より決定的だったのは、同じくアメリカ渡来のキューピーであろう。かわいらしいキューピーの人気が、一九二〇年代に不気味なビリケンを駆逐したのである。

 冒頭でものべたとおり、大阪ではビリケン人気が、いくらかよみがえりだしている。まだ、一九一〇年代の東京でピークをむかえたころとは、くらべるべくもない。ただ、東京の銀座から大阪の新世界へ、活躍の舞台をうつした点は、特筆しておこう。ノスタルジーに生きる新世界は、銀座がすてたものをひろっていたのである。     (国際日本文化研究センター教授)

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