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【井上章一の大阪まみれ】ビリケンを駆逐したのは、あのキューピーだった

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【井上章一の大阪まみれ】
ビリケンを駆逐したのは、あのキューピーだった

 ビリケン人形と聞けば、たいていの人は通天閣のそれを、想いだす。ただ、このごろは土産物として売られているものも、まま見かける。各家庭や店舗をいろどるビリケン人形も、ふえているのではないか。

 とはいえ、一九一〇年代の流行ぶりとくらべれば、まだまだ普及の度合いはかぎられる。じっさい、明治末期から大正初期にかけて、あの人形はたいへんなブームをかきたてた。

 いや、人形がよくでまわっただけではない。ビリケンの図は広告のキャラクターとしても、新聞や雑誌にしばしば顔をだしていた。

 たとえば、味の素が「ビリケン曰く…」という口上で、自社製品の良さをつたえている(『東京日日新聞』一九一二年二月十三日付)。『時事新報』は、ビリケンも愛読する新聞だと、雑誌の広告でうったえた(『楽天パック』一九一二年六月十五日号)。

 また、人形以外のグッズも、たくさんこしらえられている。ビリケンメダル、ビリケンボタンなどが。なかには、ビリケン漬と銘うった食品さえあった。

 大阪だけで、評判になったわけではない。さわぎは、むしろ東京のほうが大きかった。とりわけ、花柳界では絶大な人気をよんでいる。招福人形としての効能では、招き猫や福助以上の期待がよせられたのである。

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