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【正木利和の審美眼を磨く】美の使徒・魯山人が美しく刻んだ蘇軾へのオマージュ

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【正木利和の審美眼を磨く】
美の使徒・魯山人が美しく刻んだ蘇軾へのオマージュ

北大路魯山人「刻字屏風 赤壁賦」何必館・京都現代美術館蔵 北大路魯山人「刻字屏風 赤壁賦」何必館・京都現代美術館蔵

 ここには、すらりとなめらかな線の美しさなどない。書き手は筆を持つ手に強弱をつけ、じわじわとした複雑な線で、思いを表現する。「千」「十」のたて画の鋭さ、文字の大小などを見ても、書き手の意のままに(あるいは気ままに)文字が躍っていることに気づく。

 それは「上手に書く」という書聖・王羲之以来のくびきから自由になった、人間くさくて新しい「書」の誕生を意味した。

 「我書意造本無法」

 自分の書は意をもってつくる無法の書である、という趣旨の言葉を、蘇軾は「蘇文忠詩合集」に記す。

 確かに蘇軾の登場によって「書」は転換点を迎えた。この後、「書」は「法」にのっとった「技術」の表象から「意」を表す「人格」の表象へという新しいステージに進んでいく。

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 しかし、時代を変えた偉大な書跡とわかっているのに、ずっと蘇軾の書が好きにはなれなかった。たぶん、黄庭堅も指摘する醜悪さが気になるからに違いない。それに、「黄州」を見るたびに、いつも思うのだ。「もっと美しく書くことだってできたろうに…」

 それほど苦手な彼の書だが、臨書する手本もある。丁寧な行書で記した「赤壁賦」である。

 「黄州」とともに、やはり失意のなかで書かれたこの韻文は、三国志の舞台となった地を友人と舟で訪れたときのことを詠んだものである。

 いにしえの英雄を思い、生のはかなさを嘆く友に、蘇軾はいまこのときに見るもの、感じるものを享受し、人生を楽しみましょうと語る。

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