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【銀幕裏の声】硫黄島へ護衛なき物資輸送 敵機かわしたつもりが 主翼に複数の弾丸…特攻覚悟、一式陸攻パイロットの証言(中)

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【銀幕裏の声】
硫黄島へ護衛なき物資輸送 敵機かわしたつもりが 主翼に複数の弾丸…特攻覚悟、一式陸攻パイロットの証言(中)

一式陸攻機長だった田中修さん。昭和20年、海軍中尉の頃(田中さん提供) 一式陸攻機長だった田中修さん。昭和20年、海軍中尉の頃(田中さん提供)

 硫黄島に到着後、主翼などに弾丸の穴が複数開いていたことがあった、と田中さんは笑顔でこともなげに語ったが、実は死と隣り合わせのぎりぎりの飛行を続けていたのだ。

最後の命令“特攻”

 第二次世界大戦末期、米軍は日本軍から硫黄島を奪うために猛攻を仕掛ける。B29爆撃機が無給油で日本本土を空襲することができる戦略爆撃の拠点基地とするためだ。逆に日本軍は米軍の戦略爆撃計画を阻止するため、“最後の砦”として硫黄島を死守しようと、島中にアリの巣のような塹壕を掘って張り巡らせ、決戦に備えていた。

 「硫黄島に泊まるとき、この塹壕の中で眠るのですが、暑くてよく眠れませんでしたね」と田中さんは苦笑した。

 昭和20年3月、第二次世界大戦屈指の激戦となった「硫黄島の戦い」は終わり、遂に島は米軍の手に落ちる。

 「硫黄島の戦いが激化する直前、一式陸攻による物資輸送はできなくなりました」と田中さんは振り返る。

 劣勢に追い込まれた日本軍は“最後の手段”を計画していた。特攻作戦だ。零戦など空中戦にたけた戦闘機だけでなく、攻撃機もその対象とされた。そして、一式陸攻機長の田中さんにも遂に特攻命令が下される日がやってくる。

                            =(下)へつづく

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