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京都の伏見城武家屋敷の石垣、土佐・山内一豊の住居か

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京都の伏見城武家屋敷の石垣、土佐・山内一豊の住居か

伏見城の城下町だった区域で見つかった石垣や溝=5日午前、京都市 伏見城の城下町だった区域で見つかった石垣や溝=5日午前、京都市

 豊臣秀吉が築いた伏見城(京都市伏見区)の城下町だった区域で、武家屋敷の石垣や溝が見つかり、京都市が5日、発表した。屋敷の配置を示した史料から、土佐藩藩主として知られる山内一豊か、織田信長の側近だった堀秀政(久太郎)一族の屋敷跡と考えられるという。

 石垣は長さ約3.7メートル、高さ約60センチ。自然石が2段ほど積まれている。また、石組み溝や軒平瓦のかけらも見つかった。

 市が所蔵する「伏見御城郭並武家屋敷取之絵図」などによると、現場は武家屋敷が並んでいたとされる街道沿いにある。見つかった石垣や溝は昭和63年に見つかっていたものの続きとみられる。

 今後、近隣を調べることで「城下町がつくられていく過程が明らかになっていくのではないか」と担当者は話している。

 伏見城は文禄5(1596)年の慶長伏見地震で倒壊し、移築された。秀吉はその際、城の付近に武家屋敷を造営した。城は関ケ原の戦いの前哨戦で焼失したが、その後、徳川家康が再建した。

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