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【銀幕裏の声】家族の手紙届けるため硫黄島へ決死の飛行 敵機と遭遇、機体スライドさせ弾丸避け…特攻覚悟、一式陸攻パイロットの証言(上)

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【銀幕裏の声】
家族の手紙届けるため硫黄島へ決死の飛行 敵機と遭遇、機体スライドさせ弾丸避け…特攻覚悟、一式陸攻パイロットの証言(上)

高高度を飛ぶ一式陸上攻撃機。終戦まで海軍の主力攻撃機として使用された 高高度を飛ぶ一式陸上攻撃機。終戦まで海軍の主力攻撃機として使用された

 「私が機長(正操縦士)で、副操縦士と偵察士2人、通信士が2人。搭乗整備士1人に射撃手1人の計8人。戦争の後半はずっと同じ搭乗員でチームを組んでいました。当時、機長の私が22、23歳で、下は17、18歳。みんな20歳前後の若者たちでした」

 田中さんが当時の写真を手に取り、見せてくれた。

 パイロットスーツの装備を身に着けた若き日の田中さん。静かに微笑むその表情は、青年というより、まだ少年の面影をたたえていた。

米戦闘機の追尾を振り切れ!

 ドラマでも描かれていたが、硫黄島へ向かった一式陸攻の多くが、米戦闘機の銃撃や米艦隊の艦砲射撃により撃墜されている。

 約1200キロ離れた硫黄島への飛行時間は一式陸攻で約4時間半。田中さんは何度も米軍機と遭遇し、危険な状況に陥ったという。

 「現在のようなレーダー技術には頼れません。だから敵の戦闘機に見つかる前に、いかにして先に敵機を発見するかが重要でした」と田中さんは言う。

 だが、敵戦闘機のパイロットも先に日本軍機を見つけ出そうと必死だ。

 「島が近づいてきたころ、米戦闘機P38ライトニング数機と遭遇。すぐにP38は追尾してきました。私は海面に向かって下降し速度を上げ、機体をスライドさせながら敵機の機銃の弾丸をよけました」

 田中さんは、こともなげにP38の機銃の弾丸をかわしたかのように語ったが、卓越した操縦技術があったからこそ、一度も撃墜されることなく、何度も硫黄島への物資輸送という危険な任務を遂行できたかが理解できる。

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