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【銀幕裏の声】家族の手紙届けるため硫黄島へ決死の飛行 敵機と遭遇、機体スライドさせ弾丸避け…特攻覚悟、一式陸攻パイロットの証言(上)

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【銀幕裏の声】
家族の手紙届けるため硫黄島へ決死の飛行 敵機と遭遇、機体スライドさせ弾丸避け…特攻覚悟、一式陸攻パイロットの証言(上)

高高度を飛ぶ一式陸上攻撃機。終戦まで海軍の主力攻撃機として使用された 高高度を飛ぶ一式陸上攻撃機。終戦まで海軍の主力攻撃機として使用された

 戦時中、南洋の戦場の拠点として旧日本海軍、陸軍ともに基地を構えていた。日米決戦時の海軍の司令官は市丸利之助少将。そして陸軍の司令官は栗林忠道中将。映画「硫黄島からの手紙」の主人公は栗林中将で、俳優の渡辺謙が演じていた。市丸、栗林ともに「硫黄島の戦い」で戦死している。

 「島のみんなが手紙を待っていた。撃ち落とされるわけにはいきませんでした」。海軍のパイロットとして島へ手紙など物資を輸送していた田中さんはこう振り返る。

 この海軍側の手紙の空輸を描いたテレビドラマ「硫黄島~戦場の郵便配達~」(フジテレビ系)が平成18(2006)年に放送されている。実在した一式陸攻の根本正良機長を俳優の伊藤淳史が、市丸少将を藤竜也が演じた。実は田中さんと根本さんは、ともに第十三期海軍飛行予備学生出身だ。

若き機長

 田中さんは大正11年、京都市で生まれ、大津市坂本で育った。同市内の旧制中学を卒業後、同志社高等商業学校(現同志社大商学部)へ進み、在学中の昭和18年、第十三期海軍飛行予備学生に志願し、海軍へ入隊。三重県の三重海軍航空隊、鹿児島県の鹿屋海軍航空隊などで操縦士となるための厳しい訓練を受ける。

 「赤とんぼ」と呼ばれた九三式中間練習機や九十六式陸上攻撃機などを使った操縦訓練を経て、一式陸攻のパイロットになった田中さんは19年7月、木更津基地へ赴任。一式陸攻の若き機長として、硫黄島への物資輸送などの任務に就いた。

 一式陸攻は搭乗員8人(7人乗りの場合もあった)で任務に就く。

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