産経WEST

【石野伸子の読み直し浪花女】井上靖の大阪(1)家庭に関係なし…娘に練乳の缶「欲しいだけ吸って留守番せよ」

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【石野伸子の読み直し浪花女】
井上靖の大阪(1)家庭に関係なし…娘に練乳の缶「欲しいだけ吸って留守番せよ」

晩年まで旺盛な執筆活動を続けた井上靖。東京・世田谷の自宅で81歳 =昭和63(1988)年 晩年まで旺盛な執筆活動を続けた井上靖。東京・世田谷の自宅で81歳 =昭和63(1988)年

 「氷壁」「闘牛」などの現代小説から「風林火山」「天平の甍」などの歴史小説まで幅広いジャンルの作品を書き、一時期は毎年のようにノーベル文学賞の対象者として注目された井上靖(いのうえ・やすし)。明治40(1907)年生まれというから今年は生誕110年にあたる。26年前に83歳で亡くなっているが、書店には現在も文庫本がずらりと並び、人気は根強い。

 その井上の文壇デビューは遅かった。新興新聞社の野心的イベントに敗戦後を生きる男女の乾いた人生をからませた「闘牛」で芥川賞を受賞したのは昭和25(1950)年。すでに42歳になっていた。

 井上は毎日新聞大阪本社記者として昭和11年から23年まで大阪で過ごしている。終戦時、なにものかに駆り立てられるように創作活動を始め、大阪で書いた「闘牛」と「猟銃」を世に出したい一心で上京した。ほどなく願いがかない、人気作家への階段をかけのぼったわけだが、その作家的萌芽(ほうが)は大阪時代にあった。作家のゆりかごとなった大阪。井上靖はそこで何をはぐくんだのか。今シリーズでは「井上靖の大阪」にこだわってみたい。

 井上靖の故郷は伊豆湯ヶ島。軍医井上隼雄とやえの長男として父親の赴任先、北海道の旭川市で生まれている。幼少期は家族と離れ、両親の故郷の伊豆湯ヶ島で育った。

 その後、金沢の第4高等学校、九州帝国大をへて京都帝国大に入学。昭和11年、京大卒業の年に「サンデー毎日」の懸賞小説に応募し「流転」で1席になり、それが縁で毎日新聞大阪本社に入社することになる。

 回り道の多い青春を過ごした井上はこのときすでに29歳、結婚もし妻は妊娠中だった。

 そのとき、おなかにいたのが浦城いくよさん(80)=東京都町田市。昨年「父井上靖と私」(ユーフォーブックス)という本を出している。

 4人きょうだいの長女として多忙な両親を支え、没後は遺族でつくる井上靖記念文化財団の専務理事として井上文学の普及にたずさわっている。長年の思い出話の中に、チラチラのぞく作家の素顔が興味深い。

 新聞社に入社した井上は翌年、日華事変の勃発で出征するが病気で召集解除、昭和13年職場復帰した。それを機に家族は1年余り過ごした兵庫県西宮市の香櫨園を引き払い、大阪府茨木市に転居した。昭和23年に上京するまでそこが大阪の住まいになった。

続きを読む

関連ニュース

「産経WEST」のランキング