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【日野原重明さん死去】「知的好奇心の塊だった」「死ぬときはフォーレの『レクイエム』を聞きたいと…」知人ら悼む

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【日野原重明さん死去】
「知的好奇心の塊だった」「死ぬときはフォーレの『レクイエム』を聞きたいと…」知人ら悼む

命の大切さをテーマに授業する日野原重明さん=平成26年12月、東京都文京区の小学校 命の大切さをテーマに授業する日野原重明さん=平成26年12月、東京都文京区の小学校

 日野原重明さんの活動は多岐にわたり、医療の分野だけにとどまらなかった。90歳で出したエッセー「生きかた上手」は、発行120万部を超える大ヒットに。社会的活動は100歳前後になっても続き、平成23年の東日本大震災では被災地で支援活動に関わった。

 影響を受けた人は少なくない。

 30年以上の親交があったという上智大グリーフケア研究所特任所長の高木慶子(たかき・よしこ)さん(80)は「娘のようにかわいがってもらった。全ての物事に関心があるような知的好奇心の塊のような人でした」と死を悼んだ。高木さんは7年の阪神大震災や17年のJR福知山線脱線事故などの遺族のケアを続けているが、日野原さんから「身体だけを治療しても心が整わなければ人間はうまくいかない」と言われたことが忘れられないという。

 日野原さんの母校、旧神戸市立諏訪山小学校の後輩に当たる龍谷大の鍋島直樹教授(真宗学)は「医療者でもない私を大切にしていただいた。私の原点を作ってくれた」と振り返った。

 龍谷大大学院生だったころから親交があるといい、「死ぬときはフォーレの『レクイエム』を聞きたい」と言われ、神戸の合唱団で練習したことも。鍋島教授は「具合が悪いと聞いていたが、亡くなるのが今とは思っていなかった」と言葉を詰まらせた。

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